舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



知らなかった! 日本の皇室とディズニーランドの「深いつながり」

10月22日、今日は天皇陛下が即位を公に宣明されて、国内の要人と200近い外国の元首・祝賀使節がお祝いする儀式「即位礼正殿の儀」が行われます。

 

dwl3.gov-online.go.jp

 

 

時代が変わる一場面に立ち会えるのは、なんだかワクワクしますよね。実はあまり知られていないのですが、日本の皇室とディズニーランドは、とても深いつながりがあるのです。今回はそんな歴史の1ページをご紹介しましょう。

 

ウォルト・ディズニーの歓待を受けた、上皇さまと上皇后さま

1960年9月22日から10月7日にかけて、当時の皇太子明仁さまと美智子さま(今の上皇さま・上皇后さま)は日米修好通商100周年を記念して、米国政府から招待を受け、アメリカを公式訪問されました*1

 

 

訪問先では官庁や学校、美術館、博物館などを視察されたほか、日系人や日米協会の関係者とも交流されました。特に、当時日系人が約7万人暮らしていたロサンゼルスでは、空港に4,000人が押し寄せ、リトル・トーキョーでは約1万人の日系人が日米両国旗をもって両殿下を迎えたのです。

 

また、この米国訪問では、アナハイムにあるディズニーランドもご覧になりました。パークでは、ウォルト・ディズニー自らがアトラクションなどを案内して、日本の花火が打ち上げられるなどの歓迎を受けられました。終戦から15年。日本の若きプリンスをもてなすために、米国政府も苦心したのがよく分かります。

 

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ウォルト・ディズニー(写真右)の歓待を受ける皇太子明仁さま

 

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ディズニーランド訪問は美智子さまとご一緒だった。ウォルトの案内で、アトラクションを楽しまれた。

 

外務省と宮内庁が気をもんだアメリカ訪問

皇太子明仁さま(今の上皇さま)の公式訪問から15年後、1975年9月30日から10月14日にかけて、昭和天皇は歴代の天皇として初めて、アメリカを公式訪問しました。

 

2015年1月、外務省は、この訪問に関する事前協議などがまとめられた外交文書ファイルを公開しました。外務省は作成から30年経った外交文書を原則公開しており、今回もその一環として行われました。実はこの中に、ディズニーランドに関する記述も含まれていたのです。

 

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訪米した昭和天皇と香淳皇后をエスコートするフォード大統領夫妻

 

米国訪問の4年前、1971年に昭和天皇は欧州を歴訪しています。しかし、このときはベルギーで生卵を投げつけられたり、ロンドンの新聞で軍国主義を連想させるような漫画が載せられたりするなど、決して友好的なムードとは言えませんでした。

 

欧州歴訪が悲観的な状況だったことから、外務省は同じ失敗は繰り返さないという強い決意で、この米国訪問へ臨むことになります。2015年1月16日の読売新聞朝刊では、米国訪問に関する外交文書について、以下のように報じています。

 

一方、日本政府は昭和天皇のイメージ向上につながるよう、訪米時の立ち寄り先も慎重に選んでいた。

 

在米日本大使館は5月12日、天皇のロサンゼルスでの訪問日程に関連し、「暴力と悪のイメージが結びつきやすいハリウッドではなく、子供の世界であり、HAPINESS(幸せ)やJOY(喜び)を連想させるディズニーランドの方が圧倒的によい」とする米国人の印象を外務省に伝えた。

 

天皇は10月8日、ディズニーランドを訪れ、子供と一緒に手をたたきながらパレードを見た。

 

外務省が米国訪問を成功させるために、アメリカ人に親しまれているディズニーランドを訪問先に選んだことが、この外交文書から分かります。

 

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昭和天皇の87年間の生涯をまとめた「昭和天皇実録」には、ディズニーランド訪問について、以下のように記述されています。

 

www.sankei.com

 

昭和50年10月8日

(米カリフォルニア州のディズニーランドで観覧した建国200年祭記念パレードで)天皇は、次々と御座所の前を(山車などが)通過するのを御覧になり、拍手を送られる。これに寄せて詠まれた歌は次のとおり。

 

二百年のすぎゆきを示すアメリカのパレードを見つ少年らとともに

 

なおこの日、園内には約1万6千名の一般入場者がおり、各所で拍手などによる歓迎があった。また同園より非公式にミッキー・マウスの腕時計が贈られ、以後数年間御愛用になる。

 

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昭和天皇と香淳皇后の訪問のとき、ディズニーランドは貸し切りではなく、一般の入園者もいました。アメリカの一般市民とディズニーランドで交流する姿は、日米友好を象徴する一コマになったでしょう。特にパレードを見ているときに、現地の男の子「マイケル君」が香淳皇后に寄り添ってきて、一緒に楽しんでいる様子は、特に印象的な場面になりました。

 

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パレードを観覧する昭和天皇(右)と香淳皇后(左)写真中央に写っているのがマイケル君。

 

外務省や宮内庁の尽力もあり、昭和天皇の米国訪問では目立った反発は起きず、友好的なムードの中で終了しました。

 

www.youtube.com

 

昭和天皇とミッキーマウスの腕時計

ディズニーランド訪問では、ウォルト・ディズニー・カンパニーから昭和天皇に、ミッキーマウスの腕時計が贈られました。

 

この腕時計はウォルト・ディズニーが、腕時計メーカーのインガーソル社に「腕が針になって動く、ミッキーマウスの時計を作れないか」と提案したのがきっかけで作られたものです。ファーストモデルは、1933年にシカゴ万国博覧会で販売され人気を集めます。そのファーストモデルを忠実に再現したリモデル版を、ディズニー社は昭和天皇に贈ったのでした。

 

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ディズニー・インガーソルのファーストモデル

 

昭和天皇はこの時計を密かに愛用していたのですが、1978年に高知県で全国植樹祭が開催されたときのこと。陛下の袖口からこのミッキーマウスの腕時計が顔をだし、その写真が新聞で報道されてしまったのです。「陛下がミッキーマウスの腕時計をなさっている」ということで、世間の関心を集めました。

 

その後、壊れても部品を取り寄せて修理するなど、昭和天皇はミッキーマウスの腕時計を愛用しました。それは1981年に三洋電機を視察したときに、太陽電池式の腕時計を贈られるまで続いたのでした。

 

実は「昭和天皇実録」では、昭和天皇が日米開戦後の1942年4月に、ディズニー映画『ミッキーの捕鯨船*2』を鑑賞していたことも記述されています。陛下はミッキーマウスがお好きだったのかもしれませんね。

 

天皇陛下もディズニーランドを訪問されていた!?

昭和天皇、上皇さま、そして実は天皇陛下も公式訪問ではありませんが、カリフォルニアのディズニーランドを訪問されているのです。

 

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ゲストブックにサインされる皇太子徳仁さま ©Disney

 

1985年11月、皇太子徳仁さま(今の天皇陛下)はオックスフォード大学への留学と、それに伴う視察の中で私的にディズニーランドを訪問されています。この訪問については、公式なものではなかったため、詳しい資料が残っていないようです。

 

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ご一家そろって東京ディズニーリゾートを訪問

私的にディズニーランドを訪問された皇太子徳仁さま。その後2006年3月13日に、雅子さま・愛子さまとご一緒に、東京ディズニーランド・東京ディズニーシーを訪問されています。このときはメディアで大きく取り上げられましたので、覚えている方も多いかもしれません。

 

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このときはご一家そろってということで、パーク内は厳戒態勢に。一部のエリアやアトラクションは貸し切りとなり、混乱がないように配慮されました。宮内庁はこの訪問について「学習院幼稚園入園前に、愛子さまに同世代の子供と同じような体験をしてもらうため」と発表しています。皇室では幼稚園入園前に、様々な場所へ出かけて環境に慣れるというのが「ならわし」になっているのです。

 

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ミッキーマウスからの挨拶に、おっかなびっくりの愛子さま

 

このときのご訪問は、以下の行程で回られました。

  • ホテルミラコスタに到着→休憩
  • ホテル専用エントランスから入園
  • ピアッツァ・トポリーノ(ミッキー広場)でミッキーマウスらの出迎え
  • ビッグシティ・ヴィークルの車両に乗って移動
  • 「エレクトリックレールウェイ」乗車
  • ビッグシティ・ヴィークルの車両に乗って移動
  • マーメイドラグーンへ移動
  • 「ジャンピン・ジェリーフィッシュ」乗車
  • 「ブローフィッシュ・バルーンレース」乗車
  • 「マーメイドラグーンシアター」鑑賞
  • 「トランジットスチーマーライン」乗車
  • ホテルミラコスタ入館
  • ベッラヴィスタ・ラウンジで昼食
  • (バックステージを移動)
  • 「ギャグファクトリー/ファイブ・アンド・ダイム」散策
  • 「ディズニー・ドリームス・オン・パレード」鑑賞
  • 「ミッキーの家とミート・ミッキー」体験
  • 「プーさんのハニーハント」乗車
  • 「イッツ・ア・スモールワールド」乗車
  • 「ギャグファクトリー/ファイブ・アンド・ダイム」散策
  • 講談社ラウンジで休憩
  • 通用口(ディスパッチ2)から退園

 

昭和天皇や上皇さまが、日米友好のためにディズニーランドを訪問されたのに対して、ご一家は、あくまでも「社会経験のためのテーマパーク訪問」になっています。陛下としては、自分が味わった経験を愛子さまに体験させてあげたかった、という思いがあったのかもしれません。これも時代の流れなのでしょうね。

 

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2006年3月15日、メキシコ訪問に出発される皇太子徳仁さまを見送られる、雅子さまと愛子さま。愛子さまの手には、パークチケットが握られている。

 

ほかの皇族方もディズニーランドを訪問

一般にはあまり報道されませんが、皇族方も東京ディズニーリゾートを訪れることがあります。

 

1986年6月9日、紀宮さま(今の黒田清子さん)がディズニーランドを訪問したことがありました。このときは学習院女子高等科の学友と一緒に訪問、SPは女性の警護官一人だけで、それ以外の身辺警護は東京ディズニーランドのセキュリティが担当しました。

 

2007年4月2日には、三笠宮彬子さまが友人の大学生とともに東京ディズニーシーを訪問され、このときの様子が『週刊朝日』に掲載されました*3

 

これらの訪問はいずれも公式訪問ではなく、あくまでも「お忍び」としてでした。週刊誌の記者などが写真を撮り、記事にすることはありますが、基本的にはあまり大きく報道されません。実際は表に出ている情報以上に、皇族方が東京ディズニーリゾートを訪れている可能性もあります。

 

皇室とディズニーランドの深いつながり 

こうして見てみると、日本の皇室と、アメリカ文化の象徴でもあるディズニーランドが深く結びついていることがよく分かります。今後も日本とアメリカの絆を示すために、皇族の方がパークを訪問されるかもしれませんね。

 

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参考資料

*1:このときの外交文書は、第14回外交記録公開で公開された外務省記録「皇太子同妃両殿下御訪米関係一件」に収録されています。

*2:原題は『The Whalers』です。

*3:『週刊朝日』2007年5月11日・112巻22号「三笠宮家の彬子さまディズニーお忍びデート&米国“おふたりさま”旅行」28-31頁より。