7月26日、東京ディズニーリゾートでは40周年イベントの一環として、新しい制度「プライオリティパス」が始まりました。これは、アトラクションなどの待ち時間を短縮できる、無料のサービスです。
この新しいサービスに対して、SNSでは「従来のファストパスとどう違うの?」「なんで期間限定なの?」といった声が上がっています。今回はこれまでのサービスとの違いや、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドの狙いなどについて、考えていきたいと思います。
目次
「ファストパス」とはどう違うの?
「東京ディズニーリゾート40周年記念 プライオリティパス」は、2023年7月26日から始まりました。正式名称の通り、東京ディズニーリゾートの40周年イベントの一環として行われており、期間限定のサービスとなっています。ただし、終了日については「未定」となっており、公式ウェブサイトでも「40周年期間終了後もサービスを継続する場合があります」と書かれています。
サービスの内容は、コロナ禍の前に提供されていた「ディズニー・ファストパス」とほぼ同じです。
- 公式アプリで体験したい施設を選んで発行する。
- 指定された時間に行くと、短い待ち時間で体験できる。
- 利用時間の選択はできない(先着順)。
- パークチケット1枚につき一人分が発行できる(複数人分の発行は不可)。
- 発行から2時間、もしくは1つ目の利用開始時刻 いずれか早いほうの時間が過ぎると、2つ目が発行可能に。
- 同じ施設の場合は、パスの利用後もしくは利用終了時刻以降 2つ目が発行可能に。
ただし、ファストパスと異なるのは、東京ディズニーリゾートの公式アプリでしか、発行することができないという点です。
コロナ禍の前であれば、アトラクションの前にある発券機で、パークチケットのQRコードをかざせば「ファストパス・リマインダー」が発券され、指定された時間にチケットを持っていくと、ファストパス・エントランスから入ることができました。しかし、今回のプライオリティパスでは、スマートフォンや公式アプリを持っていないゲストは利用できません。
公式ウェブサイトでは「スマートフォンをお持ちでない方は、利用する施設等のキャストにおたずねください」と表記されていますが、基本的にはアプリを持っていることが前提条件になるでしょう。
ちなみに、コロナ禍以降に導入された「スタンバイパス」は、ファストパスやプライオリティパスのように「待ち時間が短縮できる」というものではありません。あくまでも、施設の利用人数を制限したり、待機列を短くしたりするために使われています。
対象施設はどこになるの?
今回のプライオリティパスの対象施設は、東京ディズニーランドの7施設、東京ディズニーシーの7施設になります。ただし、アクアトピアは、夏のびしょ濡れプログラム期間中のみ(2023年7月26日~9月6日)です。
東京ディズニーランド
- スター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー
- スペース・マウンテン
- バズ・ライトイヤーのアストロブラスター
- ビッグサンダー・マウンテン
- プーさんのハニーハント
- ホーンテッドマンション
- モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”
東京ディズニーシー
- アクアトピア
- インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:クリスタルスカルの魔宮
- 海底2万マイル
- タートル・トーク
- ニモ&フレンズ・シーライダー
- マジックランプシアター
- レイジングスピリッツ
コロナ禍の前であれば、ランドの「スプラッシュ・マウンテン」や、シーの「ソアリン:ファンタスティック・フライト」、「トイ・ストーリー・マニア!」、「タワー・オブ・テラー」、「センター・オブ・ジ・アース」でもファストパスが利用できましたが、現在は有料サービス「ディズニー・プレミアアクセス」の対象施設となっているため、プライオリティパスは利用できません。また、「美女と野獣“魔法のものがたり”」「ベイマックスのハッピーライド」も対象外となっています。
東京ディズニーランド「美女と野獣“魔法のものがたり”」
なんで「ファストパス」を再開させないの?
コロナ禍による臨時休園から営業を再開した2020年7月以降、ファストパスは「休止」扱いとなっていました。
2021年4月には、オリエンタルランドが将来的な「ファストパスの有料化」を検討していることを表明、2022年5月からは有料の時間指定サービス「プレミアアクセス」が導入された、という経緯があります。その後、2023年6月7日に、「プライオリティパス」を夏から期間限定で導入することを発表、合わせて「ファストパス」の廃止も明らかになったのです。
ただ、これまでパークに通っていたファンからすると、「どうしてファストパスを復活させないの?」「わざわざ名前を変える必要はないのでは?」といった反応があったのは事実です。ファストパスを再開させなかった理由については、以下の見方ができると思います。
- 新サービス、期間限定サービスという印象をもってもらうため
- 新しく設置した「プライオリティ・アクセス・エントランス」を使うため
- ファストパスに関する特許や商標の使用料を減らすため
まず考えられるのは、名前を変えることで、ゲストに「新しいサービスだ」「期間限定なんだ」という印象をもってもらうためという狙いです。従来の「ファストパス」の名前をそのまま使ってしまうと、目新しさがなくなってしまうからです。事実、プライオリティパスの導入は、メディアで大きく取り上げられ、話題になりました。夏休みを前にして、東京ディズニーリゾートに対する関心を高めることにも成功したと言えるでしょう。
二つ目は、各施設に導入した「プライオリティ・アクセス・エントランス」についてです。
コロナ禍の前であれば、待って並ぶ「スタンバイ・エントランス」と、待ち時間が短縮できる「ファストパス・エントランス」の2か所に入り口が分かれていました。しかし、コロナ禍後はファストパス・エントランスの表記は消され、2022年5月からは「プライオリティ・アクセス・エントランス」に変わっています。
このエントランスの看板では、有料サービスであるプレミアアクセスと、公式宿泊プラン「バケーションパッケージ*1」のロゴマークが掲げられており、課金したゲストが優先して入れることが明確になっています。そのため、従来のファストパスではなく、プライオリティパスという名前を使っているという見方ができるのです。
「スプラッシュ・マウンテン」前にある発券機の時刻表示板。ファストパスの表記なども消されている。
最後の三つ目は、ファストパスに関する特許や商標についての問題です。
実はファストパスのシステム自体は、ディズニー社によって特許が取得されています。また、ディズニー社がテーマパークで独占的に使用できるように、商標登録もされています。ただ、注目したいのは、日本国内で特許や商標の権利を持っているのは、オリエンタルランドではなく、ディズニー・エンタープライゼズ・インク社なのです。
つまり、オリエンタルランドが東京ディズニーリゾート内で、ファストパスのシステムや商標を利用する場合、ディズニー社に対してライセンス料の支払い義務が発生するのです。ファストパスのロゴマークには、ドナルドダックが描かれていますので、キャラクター使用料も発生するでしょう。
オリエンタルランドとしては、コロナ禍で財務的にかなりのダメージがありました。できるだけ、ディズニー社に支払うライセンス料を節約して、利益を増やしたい。こう考えても不自然ではありません。事実「プライオリティパス」は、ディズニー社、オリエンタルランドどちらも商標登録はされていません*2。
ちなみに、ファストパスの特許は、日本では2000年8月が出願日となっております。特許は権利を維持するために、特許料の支払いが必要になるのですが、出願日から20年が経過すると、自動的に権利が消滅してしまいます。単純にみると、2020年8月で権利が消滅していると考えられるのです。もしかすると、このあたりの権利関係も、プライオリティパスの導入に関係したのかもしれません。
なお、SNSでは「ファストパスの商標権が消滅したからでは?」という声も出ていましたが、2032年1月まで日本における商標権は有効となっています。
余談ですが、今回のプライオリティパスでは、従来のファストパスの発券機は使われていません。コロナ禍の前であれば、アトラクション前にある発券機か、スマートフォンの公式アプリ、いずれかで発行することができました。今回はアプリへの一本化によって、配置するキャストの削減、発券機のメンテナンスコストや用紙・電気代などのランニングコスト削減も狙っているのでしょう。
どうしてこのタイミングで導入されたの?
40周年イベントの一環として導入された、プライオリティパス。しかし、あまりにも唐突な発表だったために、長年パークに通っているファンからは「どうしてこのタイミングで?」と疑問が浮かびました。
先ほども触れたとおり、新サービスの導入によってメディアによる報道が増え、東京ディズニーリゾートに対する注目や関心を高めることが狙いかもしれません。夏休みシーズンは地方からも家族連れが多く訪れますが、最近の猛暑によって、パークへ行くことをためらっている人も多いかもしれないからです。
また、アトラクションの待ち時間を短縮できるようになれば、空いた時間をショップやレストランで過ごすことも増えるでしょう。ゲストの流動性が高まり、売り上げや利益の向上につながるかもしれません。コロナ禍で傷ついたオリエンタルランドにとって、40周年イベントは数字を伸ばすチャンスだからです。
逆の見方をすると、プライオリティパスによって、通常の待ち列(スタンバイ)の待機時間が長くなる可能性もあります。対象外の施設にゲストが分散化したり、「どうせ長時間待つのなら、課金してみるか」というように、プレミアアクセスの利用が増えたりする可能性も出てくるでしょう。
夏休みシーズンが終われば、パークは一年で一番入園者数が増えるハロウィーン、そしてクリスマスの時期を迎えます。オリエンタルランドではコロナ禍以降、入園者数を制限して、一人当たりの売り上げ(客単価)を向上させる戦略を取っていますので、プライオリティパスの導入によって、どのように待ち時間が変化するのかを調べたいのかもしれません。
「魔法の泉」のオープン、さらにその先へ
2024年春のオープンを目指して、東京ディズニーシーの新しいテーマポート「ファンタジースプリングス」の建設工事が進められています。ディズニーリゾートラインに乗ると、ホテルやその周辺施設が着々と完成しているのが分かります。
平面駐車場跡地で建設工事が進む「ファンタジースプリングス」
オリエンタルランドにとって、この「魔法の泉」は、脱コロナ禍からの切り札になると言えるでしょう。海外の富裕層もターゲットにした、新しい高級ホテルも誕生しますので、日本国内だけではなく、海外からのインバウンドも見込めるからです。そうなると、今以上に東京ディズニーリゾートに長期滞在するゲストも増えていくかもしれません。
プライオリティパスは、期間限定の無料サービスです。ただ、今後は海外パークのように、パークチケットに追加料金を払えば、プライオリティパスを発行できる仕組みに変わる可能性もあります。追加料金を払えば待ち時間が短縮できる、人気施設は個別に課金…といった仕組みに変われば、混雑緩和と売り上げの向上は見込めますが、ゲストの負担はさらに重くなるでしょう。
ウォルト・ディズニー・ワールドの公式アプリの画面。パークチケットにオプションとして「ジーニープラス」を付けると、優先案内(ライトニングレーン)を利用できる。人気施設は個別に課金して「インディビジュアル・ライトニングレーン」を利用する仕組みになっている。
東京ディズニーリゾートでは、2023年10月のパークチケットから、ついに大台の1万円を超える日も出てくる予定です。少ない入園者数で混雑緩和を図りながら、いかに売り上げと利益を向上させていくか。消費者(ゲスト)の足が遠くなってしまえば、本末転倒です。新エリアの誕生に向けて、オリエンタルランドの試行錯誤は続いていくでしょう。