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舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



映画『ズートピア』が表現したかったものを考える

4月23日に公開された、ディズニー映画『ズートピア』公開6週目に突入しましたが、家族連れを中心に多くの人で賑わっているようです。

 

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©Disney

 

さて、舞浜新聞ではこの映画を吹き替え版・字幕版どちらも鑑賞しました。今回はディズニーのスタッフの皆さんが、この映画で何を表現したかったのか、その思いを考察していきたいと思います。

 

この記事を読む前に

この記事はストーリーの核心となる情報が含まれています。映画鑑賞後に読まれることをおすすめします。

 

夢を叶えることと「その後」

映画の主人公は、ウサギで初めて警察官になったジュディ・ホップスです。

 

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ウサギのジュディ・ホップス ©Disney

 

彼女は幼い頃から警察官に憧れていたのですが、両親はそんな彼女の夢に対して反対します。「ウサギが警察官になれるわけがない」「ウサギはニンジンを作っていればいい」ジュディの両親は決して嫌味な感じではなく、あくまでも彼女の将来を心配して説得します。

 

ここにまず、この映画の出発点となるテーマが設定されています。それは先入観や価値観というものは、無意識のうちに刷り込まれるということです。

 

ジュディの両親は、悪意をもって言っているわけではありません。しかし、結果的に「ウサギはこうあるべきだ」「こうしなければいけない」といった、保守的な考えをジュディに押し付けています。この無意識な行動は、のちの展開でも重要になってくるのですが、それはまた後でお話しすることにしましょう。

 

さて、ジュディは両親の思いとは裏腹に、自分の夢を実現させます。

 

警察学校では厳しい訓練に耐えながら、努力を重ね、首席で卒業するのです。サクセス・ストーリーというのは、いつの時代も見ていてすがすがしいものです。ただ、従来のディズニー映画であれば、この逆境→努力→成功の図式を描いていました。しかし、『ズートピア』では、ここから物語が始まります。

 

ジュディが夢を実現させ、ズートピアにやって来て、どんな展開が待っているのだろうか。この作品では、夢を実現させた後こそが大切だと、観客に訴えているのではないでしょうか。

 

ステレオタイプの怖さと多様性・寛容さ

先ほど「ジュディの両親はジュディに先入観を押し付けている」と書きました。この映画では私たち人間社会のステレオタイプ、つまり先入観や思い込み、固定観念、偏見などが大きなテーマになっています。

 

例えばズートピアでジュディと出会う、キツネのニック・ワイルド。ジュディは「キツネ=嘘つき」というステレオタイプに縛られており、最初はニックに対してあまりいい感情を抱いていません(幼少期のギデオン・グレイのトラウマもあるのですが)。

 

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キツネのニック・ワイルド ©Disney

 

しかし、彼と過ごしていく中で、キツネとしてのニックではなく、彼個人の性格や考え方を認めていくようになります。ニックはニックで、ズートピアで詐欺師として暮らしているのですが、彼もまた「キツネ=嘘つき」というステレオタイプに縛られていて、周囲に合わせて、キツネのイメージ通りに暮らしていただけだった、ということが後で分かります。

 

ステレオタイプというのは、私たちが無自覚のまま、頭の中に刷り込まれてしまいます。それを変えたり、取り除いたりすることは非常に難しいです。だからこそ、その危険性を分かって欲しい。この映画からはそんなメッセージも感じられます。

 

ステレオタイプと言えば、『ズートピア』では印象的なシーンがいくつかあります。

 

行方不明になったカワウソのオッタートンを探すために、彼が通っていたナチュラリストのスパへと向かうジュディとニック。ここでジュディは、裸で過ごす動物たちを見て、思わず赤面してしまいます。

 

我々人間からすれば「動物=裸」というのが当たり前です。しかし、ズートピアに暮らす動物たちにとっては、服を着るのが当たり前で、裸は恥ずかしいことなのです。これも一種の先入観と言えるでしょう。

 

また、ジュディがナンバープレートを調べるためにDMVという場所に向かいます。このDMVとは、アメリカの「Department of Motor Vehicles」という機関がモデルになっていて、日本の陸運局と運転免許センターが一緒になったようなところです。

 

ジュディがナンバープレートの照合をしてもらおうとすると、カウンターには長蛇の列、そして職員はみんな「ナマケモノ」というのは、思わず笑わされてしまいます。

 

 

実はアメリカのDMVは仕事が遅く、いつ行っても混んでいる悪名高い機関なのです。一見すると、これはアメリカ社会のパロディのようにも見えますが、「役所=仕事が遅い」というステレオタイプは、おそらく全世界共通だと思います。このシーンを見て、思わず笑ってしまうのは、日本人の私たちでもステレオタイプが刷り込まれているからでしょう。

 

さて、そんなステレオタイプの怖さも描かれていますが、きちんとディズニーは救いも描いています。

 

それは多様性を認めるという寛容さです。人間社会でも大切な考え方ですが、それぞれを尊重し合う様子がズートピアでも描かれています。

 

例えば、ズートピアのポップスターであるガゼル。彼女は肉食動物と草食動物が対立したときに、先頭に立って対立をなくそうとしました。また最後に、ガゼルはバックダンサーであるトラたちと一緒にライブを行います。草食動物であるガゼルと、肉食動物であるトラが同じステージで踊る。まさに多様性を象徴するワンシーンだったと思います。

 

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ズートピアのポップスターである「ガゼル」©Disney

 

ちなみに、ファンの間では「ガゼルはオスではないのか?」という見方があります。これについては、角の大きさからオスだとする見方が多いのですが、メスでも十分立派な角は生えますので、一概にオスだと決めつけることはできません。

 

それに、劇中では多くのオスの動物がガゼルのファンであること、吹き替えがポップスターとして有名なシャキーラであることからも、ガゼルがメスである可能性は高いでしょう。ただ、仮にオスとして生まれ、メスとして生きているのであれば、LGBTに対する差別すらもディズニーは描こうとした、という可能性はありますね。

 

 

何度見ても楽しめる!

ここまで、ディズニーのスタッフの皆さんが『ズートピア』で何を描こうとしていたのか、舞浜新聞独自の視点で考えてみました。

 

あくまでも私の個人的な見方なのですが、日本語吹き替え版は「夢の大切さ」、字幕版は「多様性と寛容さ」が大きなテーマになっているのかな、という印象を受けました。これはおそらく、セリフの微妙な訳し方が差として出たのではないかと思います。

 

ズートピアは公開直後は『名探偵コナン』に押されていたものの、その後、週末の興行成績で1位にランクインしました。ゴールデンウィーク終了後も、じわじわと興行成績を伸ばしています。

 

これはおそらく、何度見ても楽しめるから、そして見るたびに発見があったり、見方が変わったりするからではないでしょうか。一見すると子ども向けのほんわかした映画に見えるのですが、実際は大人のほうがより深く楽しめる作品になっていると思います。

 

果たして、日本での興行成績はどこまでいくのでしょうか。ブルーレイの発売も待ち遠しいですね。

 

 

おまけ話

警察署の受付役として登場するクロウハウザー。愛らしい姿はなんとも言えないのですが、彼のモデルはチーター。地上最速の動物です。地上最速のはずのチーターが、カワウソのオッタートン夫人を取り逃がすシーンは、なんとも微笑ましいですね。

 

 

ボゴ署長の「ミュージカル映画みたいにうまくいかない」というセリフは、ディズニーの過去の作品に対する皮肉でしょうね。「ありのままで(let it go)」というセリフも登場しました。

 

ベルウェザー副市長のふわふわな頭をさわってしまうニック。実はこのシーン、アフロヘアの人の頭をさわってはいけないという、アメリカの文化が描かれているのです。一見すると、ちょっと分かりにくいシーンですよね。

 

 

日本語吹き替えには声優さんに加えて、俳優さんや芸人さん、果ては日本テレビの辻岡義堂アナウンサーまで出演していました。中でも映画館がざわついたのは、厚切りジェイソンさんと芋洗坂係長の2人。厚切りジェイソンさんは、ジュディに駐禁切符を切られるシーンで、芋洗坂係長はニュースキャスターとして登場します。

 

ジュディがお父さんから手渡されるキツネ用スプレー。おそらく催涙スプレーだと思うのですが、これは拳銃を出せないからでしょうね。

 

日本語吹き替え版では「交通カメラ」と訳されていたのが、字幕版では「監視カメラ」に。これは表現に対する配慮だと思います。また日本ではなじみの薄い「保険数理士(アクチュアリー)」という職業も変わっていましたね。アメリカでは就職ランキングで、常に上位にある職種なんですよ。

 

ジュディが生まれ育った「バニーバロウ」は、ズートピアから200マイル(約322km)離れた場所にある設定です。東京で考えると、ちょうど仙台や福井、三重・津あたりになりますね。かなり遠い距離だということが分かります。