7月27日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、首相官邸で安倍晋三総理と面会しました。そこで森会長は、東京大会の暑さ対策として、サマータイム制度の導入を要請しました。
サマータイムとは、欧米で導入されている制度で、時計の針を1時間~2時間進めて、昼間の日照時間を有効活用する、というものです。もし2020年の東京大会までに導入されれば、早朝の気温が低い時間から競技ができるため、選手や観客の安全を確保できる、とされています。
では、もし日本でサマータイムが導入されると、東京ディズニーリゾートではどんな影響が出るのでしょうか。少し考えていきたいと思います。
ショーやパレードは、中止が続出?
それではまず、ショーやパレードなどのエンターテイメント・プログラムから考えてみることにしましょう。
下の表は、2018年8月3日の東京ディズニーランドのショースケジュールをまとめたものです。サマータイム(夏時間)は、2時間繰り下げたものとして考えました*1。
もし、サマータイムの導入前と同じスケジュールで組んだ場合、日中の暑い時間帯にプログラムが集中してしまうことになります。パークでは基本的に30度を超えると、ショーの内容変更*2や、最悪の場合「中止」となってしまうこともあります。もしサマータイムが導入されると、今以上に中止が続出する可能性はあるでしょう。
また、夜のパレードやショーも、日没前や日没直後になってしまいます。周りが明るいため、実施することは難しいでしょう。
下の表は、サマータイムが正式導入されたときに考えられるショースケジュールを、舞浜新聞が独自にまとめたものです。
基本的に、ショーの公演は90分間以上、間隔を空けなければいけません。昼のパレードは少し気温が低くなってから、夜のパレードは日没から30分後が最低条件、といったことを考慮する必要があります。それらを踏まえると、ランドの「Celebrate! Tokyo Disneyland」や、シーの「ファンタズミック!」のようなショーは、海外にあるディズニーパークのように、閉園直前もしくは閉園時刻に行わなければいけなくなります。
もちろん、夜のパレードやショーが遅い時刻になってしまうと、そのほかのステージショーの公演は難しくなります。また、どうしても気温の高い時間に重なってしまうプログラムは、内容変更や中止になる可能性が高いでしょう。
サマータイムが導入されれば、パークのエンターテイメント・プログラムは、今以上に少なくなることが考えられるのです。
アフター6で入っても、暑くて楽しめない?
では、エンターテイメント・プログラム以外の問題点はないのでしょうか。
サマータイムが導入されれば、早朝の涼しい時間帯からパークに入ることができます。しかし、その後はどんどん気温が上がっていきます。
日中であれば「夏が暑いのは当たり前」と片付けられるかもしれません。しかし、仮に午後6時から入園できる「アフター6パスポート」を使ったとすると、まだ明るく、気温が高い時間帯からしかパークを楽しめません。これは午後3時から入園できる「スターライトパスポート」も同様です。
日没から2時間程度で閉園してしまう、というのも大きな問題でしょう。せっかく「夜のパークを楽しもう」と考えていても、午後10時閉園が変わらなければ、暗くなるとすぐに帰らなくてはいけません。
閉園時刻を延ばすことはできないの?
ここで、一つの疑問が生まれます。「サマータイムで時刻が進んでいるのであれば、午後10時閉園じゃなくて、午前0時閉園にすればいいんじゃないの?」確かに単純に2時間遅らせればいいと思いますよね。
実はこれには、千葉県の条例が関係してくるのです。千葉県では、青少年の健全な育成を目指して、以下の条例を定めています*3。
千葉県青少年健全育成条例*4
(深夜外出の制限)
第23条 保護者は、特別の事情がある場合を除き、青少年を深夜(午後11時から翌日の午前4時までをいう。以下同じ。)に外出させないように努めなければならない。
第23条の2 何人も、威迫し、若しくは欺く等不当な手段により、又は保護者の委託若しくは承認その他正当な理由がなく、深夜に、青少年を連れ出し、同伴してはいかいし、又はとどめてはならない。
この条例では、18歳未満は、午後11時から午前4時まで外出してはいけないことになっています。パークの閉園の様子を見ていると、おおよそ午後10時30分ごろには、ゲストの退園が終わり、閉園後の片付けや掃除が始まります。どんなに混雑していても、午後11時ごろまでに退園させるのは、千葉県の条例が関係してくるからなのです。
もし、午後11時以降も営業を続けるためには、18歳未満のゲストを外へ出さなくてはいけなくなります。家族連れや若い人が多く訪れているパークでは、かなり非現実的ですよね。つまり、いくら夜の時間を有効活用したくても、現状では営業時間を延ばすことは難しいのです。
余談ですが、神奈川県の条例*5では、深夜外出の例外として「祭礼、盆踊り、年越しの初詣など青少年の健全育成に役立つもの」としています。大晦日から元日にかけて行われる年越し営業の場合は、千葉県でも深夜外出の例外として扱われていると考えられます。
また、深夜営業を制限している法律として「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風適法)」がありますが、テーマパークのような遊園地は、風俗営業の適用外となっています*6。
風適法の適用を受ける施設では、18歳未満が午後10時以降に出入りすることを禁じており、それを施設の入り口などの分かりやすい場所に掲示することを定めています*7。しかし、ランド・シー両パークには、そのような表示はありません。
開園時刻を早めることはできないの?
22時以降の深夜営業は、千葉県の条例で難しいことが分かりました。では早朝の営業はどうでしょうか。
千葉県の条例では、未成年者は午前4時以降なら外出が可能と定められています。また、風適法では、基本的に午前6時までを「深夜営業」と規定しており、18歳未満の入場を禁止しています。
東京ディズニーリゾートでも、法律や条例上は、午前8時よりも開園時刻を前倒しすることができます*8。しかし、今よりも2時間早めて、午前6時に開園するとなると、それだけ深夜の清掃や、開園前の準備の時間が短くなってしまいます。
また、サマータイムが導入されたからといっても、電車の運行時刻が早くなるとは限りません。今と同じ時刻表通り動くとなると、午前6時の開園に間に合わないキャストも出てくるでしょう。そこまで手間とコストをかけてまで、早朝営業をするとは思えません。
サマータイムは賛成?反対?
NHKが8月7日に行った世論調査によると、東京オリンピック・パラリンピックの暑さ対策として「サマータイム」を導入することに対して、賛成は51%、反対は12%、どちらともいえないは29%でした。
また、朝日新聞が8月4日・5日に実施した世論調査によると、賛成は53%、反対は32%、その他・未回答は15%でした。
世論調査は手法によって、多少の誤差があると思いますが、これだけ多くの国民が、サマータイムを支持していることには驚きです。オリンピック・パラリンピックの出場選手や、観客の健康を考えると、サマータイムはよい制度のように思えます。しかし、ここまで見てきたように、国民生活には、大きな影響が出るでしょう。
昔のように、時計の針を進めるだけでは、サマータイムに対応できません。コンピューターやデータサーバーのプログラムを大きく書き換える必要があるでしょう。最悪の場合、買い替えが必要になることも考えられます。個人的には、ITに関わる人材が限られている以上、2年後の夏までに導入できるとは到底思えません。
睡眠リズムが狂う、体に負担がかかる、労働時間が長くなるなど、専門家からはサマータイムの導入によって引き起こされる、悪影響も指摘されています。皆さんには、ここで一度立ち止まって、サマータイムの是非についてよく考えていただきたいです。
*1:今回は8月で一番気温が高かった日をサンプル日として選びました。
*2:「高気温バージョン」や「熱バ」とも呼ばれています。
*3:同様の条例は、ほかの都道府県にもあります。
*4:千葉県「千葉県青少年健全育成条例の概要」より引用。
*5:青少年の深夜外出について - 神奈川県ホームページを参照。
*6:ゲームセンターは風俗営業の適用を受けますが(風俗第五号営業)、遊園地内に設置されているもので、全体に占める面積が10%未満の場合は、適用外になっています。
*7:e-Gov法令検索「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」第18条を参照。
*8:現在、エントランス工事が行われている東京ディズニーランドでは、8時開園の場合、ゲート前の混雑防止のため、午前7時半ごろからゲストを入園させています。