舞浜新聞

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小説「パークが死んだ日」

この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。刺激の強い表現が含まれています。

 

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プロローグ

その日の日経新聞一面には、こんな見出しが躍っていた。

 

オクシデンタルワールド、上場来初の赤字 16年3月期

 

彼はその記事に軽く目を通すと、静かに席を立った。今日はこれから経営会議だ。部下たちにどんな言葉をかければいいのか。会長の能登は歩きながら自問自答していた。

 

「どこで間違えてしまったのだろう」「何がいけなかったのだろう」そんな疑問ばかりが能登の頭の中で、ぐるぐると回っていた。「これから客足は戻るのか」「売り上げはまた上がるのか」それすらも分からなかった。

 

能登は、静かに会議室の扉を開けた。

 

客の財布で自転車操業

話は2015年4月にさかのぼる。

 

オクシデンタルワールドは、開園からすでに30年以上が経っていたパークの再開発計画を発表した。人気エリアを拡張して施設を増やすだけではなく、混雑も緩和するのが大きな狙いだった。

 

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再開発計画は多くのメディアで取り上げられ、話題になった。これはオクシデンタルが社運をかけた一大プロジェクトだ。これが成功すれば、入園者数のさらなる増加に加えて、客単価の引き上げも狙えるだろう。能登はそんな青写真を描いていた。

 

再開発は今年中に着工、第1期エリアの完成は2年後の2017年を予定していた。工事期間中、アトラクションの数は減ってしまう。なんとかパークのキャパシティを下げないように、工事計画は立てられた。

 

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「増資もやらないんですか?」

「ああ、私は考えてないよ。ROEも低くなるからね。銀行から金を借りる気もない」

 

その日、会議室には能登のほかに、社長の霜月、財務部長の吉本が集まり、3人で今後の資金調達計画について考えを巡らせていた。

 

霜月は能登が財務部長の頃からかわいがっている部下で、裏では「能登の懐刀」とも噂されるほどの人物だ。「ポスト能登」との呼び声も高い。

 

一方の吉本はオクシデンタルのメインバンクである、三井住友信託銀行からの出向組である。ただ財務に関しては、たたき上げの能登よりも才覚に優れていた。

 

「能登さん、借金を増やしたくないお気持ちは分かります。でも、正直キャッシュフローだけでは、とてもパークの再開発はまかないきれませんよ」

「そうですよ!株式分割はやるんですから、この機会に公募増資でもやりませんか」

 

かたくなな態度を取る能登に対して、霜月と吉本が詰め寄る。

 

「君たちの意見も分かる。だがな、10年後を考えると、経営の足を引っ張るような借金は抱えたくないんだよ。足元がぐらついて、返せなくなった!じゃあ困るからね」

「それに公募増資もナシだ。これ以上『モノ言う株主』を増やしてどうするんだ?君らも株主総会がただの『陳情大会』になってるのは分かってるだろう?」

 

「しかし、ゲストからの売り上げを積み上げて、それを投資に回す方が危険ではありませんか?もし資金がなくなれば、そこで工事は止まりますよ?」

 

まくしたてる能登に、必死にかみつく霜月。オクシデンタルの中で、正面切って能登に意見を言えるのは、もはや彼ぐらいしかいない。それほど能登の影響力は強かった。

 

「いや、資金がなくなれば、そこで立ち止まって、またキャッシュフローを積み上げればいい。コストを削っても客は来るんだから。この間のお姫様イベントも大成功だっただろう?」

「しかし…」

「もう、この話はおしまいにしよう。結論は変えないぞ。増資もしない。銀行からも金は借りない。客の財布の金を使って再開発をする。それが私の考えだ」

 

能登は勢いよく立ち上がると、そのまま社員食堂へと向かっていってしまった。

 

会議室には霜月と吉本が残された。

 

「どうするんだ?霜月君。このままでいいのか?」

「困りましたね…。ウチの能登さんは昔から本当に頑固で…。一度『ダメだ!』と言い出したら、絶対にほかの人の意見は聞かないんですよ。せっかく三井住友からもいい話をもらっていたのに…。本当にすみません」

「いやあ、君のせいじゃないよ。そもそもウチの三井住友トラストと三井住友FGは仲が悪いからね。能登さんは三井住銀に借りがあるんだろう?」

「ええ、まあ…。僕も説得は続けてみます」

 

霜月は吉本と一緒に、重い足取りで会議室を出た。

 

思わぬ「大誤算」 

4月に始まった春のイベントは、まあまあの客足だった。入園者数は順調に伸びていたのだが、客単価は今一つだった。それが霜月には引っかかっていた。

 

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実は4月からパークの入園チケットの値上げに踏み切っていた。これは大阪にある某テーマパークでも値上げするという情報をつかんでいたからだった。しかし、これも「客足が落ち込む」と反対する霜月や吉本の意見をよそに、能登が勝手に取締役会をまとめて決めてしまった。

 

「問題は5月の連休だな…。客単価が伸び悩んでいるのは、おそらくグッズの売り上げが伸びていないからだろう。さて、どうしようか…」

 

霜月は一人、書類に目を通しながら考え込んでいた。

 

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今年の5月は曜日の並びがよく、長期休暇が取りやすくなっていた。パークでは普段よりも人員を多めに確保し、アトラクションやレストランでも回転率を落とさないよう工夫していた。

 

しかし、ふたを開けてみれば、普通の土日よりも客足は少なかった。これには霜月も慌てた。おそらく4月からのチケット値上げと、1月~3月に行ったお姫様イベントの混雑が、連日メディアに取り上げられていた影響だろう。霜月は吉本とともに、そう分析していた。

 

売り上げが目標に遠く及ばなかったために、霜月は吉本と一緒に能登の部屋に呼ばれた。

 

「なあ、霜月君。5月の連休の結果、見せてもらったよ。これはどういうことだ?」

 

能登がゆっくり話すときは、かなり怒っているときだ。長年一緒にいる霜月は直感した。

 

「申し訳ありません。事前予測では例年並みか、それ以上の混雑という予測が出ていたもので…。現場の人員も多めに配置しました」

「能登さん、今回の売り上げ計画は霜月君だけではなく、私も関わりまし…」

「吉本君は黙っててくれ!なあ、霜月君。現場の人員はギリギリまで削れと、前に言ってたはずだな」

「はい、承知しております」

「今回は夜の打ち上げ花火を中止にしたから、かろうじて赤字額は減らせた。もし同様のことが続くようであれば、もっと経費計画を削ってもらわなくちゃいけなくなる。それでいいか?」

「しかし、これ以上削れば、また先日のような大混雑に…」

「困るのは客だろう?こっちはどんなに混雑しようが困らん。金さえ使ってくれればいいんだ」

 

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「あの古狸には困ったもんだよ。あんなのがテレビで『子どもたちに夢と魔法を与えられるように、毎日頑張っています!』なんて言ってんだからな。困ったもんだよ」

「あんまりここで、能登さんの悪口言わないほうがいいですよ…。誰が聞いてるか分からないし」

「いいよ、聞かれてたって。俺はどうせ出向組なんだから。やる気なんて、最初からないよ」

 

一人やさぐれる吉本に対して、霜月は日替わり定食を食べていた。

 

「それにしても、霜月君はよくあれだけ古狸に言われても平気だね。昔からああだったの?」

「いえ、昔はもっと優しい人だったんですけど…。確か10年ほど前でしょうか。先代の橋本さんが亡くなって、会長になったあたりから、変わったというか…」

「そういえば、ウチの財務書類を見てたんだけど、2005年から一気に経費削減に踏み切ってるね。それも関係あるのかな?」

「う~ん…どうでしょうか。僕にはなんとも」

 

売り上げ目標に届かなかった5月の連休。その後、現場はさらなる経費削減が押し付けられるようになった。人員は最低限で。在庫は抱えないように。グッズは残ったら「スペシャルプライス」に。霜月も能登の命に背かないように、色々と考えを巡らせていた。

 

天すらも味方せず 

しかし、事態は思わぬ方向に進む。この年、梅雨はなかなか明けず、天候不順の日が続いた。そして記録的な冷夏が日本を襲う。こうなると、パークを訪れる客足は、さらに減ってしまう。メディアが盛んに取り上げた再開発計画も「できてから行こうか」という、行き控えも引き起こしていた。

 

これに追い打ちをかけたのは、従業員「キャスト」の離職だ。徹底的な経費削減で負担が増えたキャストたちが、一斉に辞めだしたのだ。どこもかしこも「人材不足」と言われる昨今。現場のほとんどをアルバイトで回しているオクシデンタルも例外ではなかった。

 

キャストがいなければ、より少ないキャストで回さなくてはいけない。パーク内のアトラクションやレストランは長時間待つことが当たり前に。もちろん、人員がいないためにサービスの質も下がっていった。パーク内はごみであふれ、「いつも美しいパーク」は過去のものになってしまった。

 

ただでさえ客足が減っていたのに、キャストの離職によるサービス低下は、ハッキリと数字に表れてきた。売上高が前年比で半分近くにまで落ち込んでしまったのだ。これには能登も焦った。

 

「なんとかできないのか?」

 

激しい口調で霜月に迫る能登。しかし、霜月にも答えは見つからなかった。

 

「能登さん、キャストの時給を上げませんか?今のままでは現場は人手不足で崩壊します…」

「いや、それはできん。キャッシュフローが減るじゃないか!もう工事は始まってるんだぞ!ここで工事を止めて『やっぱりムリでした』なんて言えるわけないじゃないか!株主に申し訳が立たん。なんとか方法を考えろ!それがお前の仕事だろ!」

 

紙を投げつけられ、おずおずと会長室を出る霜月。もう現場は限界を迎えようとしていた。

 

壊れていくパーク 

「最近のパークはサービスが悪い」

「中を歩いていても、ごみが落ちてることが多くなった」

「レストランもあまり美味しくない」

 

現場の疲弊は、すぐにサービスの質低下として表れる。そして、ついに恐れていたことが現実になった。

 

その日は間近に迫る四半期決算発表に備えて、色々と書類を準備していたときだった。霜月が一人オフィスで仕事をしていると、電話が鳴った。運営部からの緊急ホットラインだ。

 

「なんだって!ビッグ・グリズリーで事故?」

「ええ、ゲストがライドから落ちたようなんです…。詳しい状況はまだ分からないんですが…」

 

受話器を置いた霜月の顔は、血の気が一気に引いていった。

 

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ビッグ・グリズリー・マウンテンはパークの中でも人気アトラクションで、連日行列ができるほどだ。のちの警察による実況見分で分かったのだが、現場のキャストがきちんと安全バーの固定を確認しないまま、ライドは発車。体格が大きい男性だったために、急回転のときにそのまま滑り落ちてしまったらしい。

 

アトラクションの整備不良に、現場の確認不足が重なった、あってはならない事故だった。

 

「このたびは、誠に申し訳ありませんでした。なんとお詫びを申し上げればよいか…」

「もう帰ってくれへんか!ウチの父ちゃんは、あんたんとこの会社に殺されたようなもんや!」

 

人に塩を投げつけられるのは、霜月にとって初めてのことだった。それはそうだ。オクシデンタルの創業以来、アトラクション乗車中の死亡事故は、初めてのことだった。まさかウチの会社が人の命を奪うことになるとは…。想像すらしていなかった。

 

ビッグ・グリズリーの事故は、連日多くのメディアで取り上げられた。特に霜月が事故の遺族に塩を投げつけられるシーンは、あまりにもセンセーショナルだったために、繰り返し流されることになった。

 

ビッグ・グリズリーの一件で一番怒ったのが、遺族以上に、アトラクションのスポンサーを務めていた生活用品メーカーだった。ネットで不買運動まで盛り上がってしまい、スポンサー契約の打ち切りを通告してきた。

 

ほかのスポンサーも、パークチケットが当たるキャンペーンの中止や、パークの風景を使ったCMの放映自粛を相次いで決めた。特にパーク開園以来からスポンサーを務めていた初芝電器が契約を打ち切ったのは、オクシデンタルにも激震が走った。

 

事故のタイミングも悪かった。ちょうどパークは10月のハロウィーンから、12月のクリスマスまでが、一年で最も稼ぐ期間だ。ただでさえ長い梅雨と冷夏に悩まされていたパークにとって、唯一客足が期待できる期間だった。

 

そんな期間を目前にして起こった今回の事故。オクシデンタルもイベント告知CM放映を自粛。多くのメディアも特集を中止することになった。

 

未来すらも見えない 

2015年12月31日。雨がぱらつくパークの城前で、霜月が一人たたずんでいた。これまでのパークでは「年越し特別営業」ということで、専用チケットを抽選販売していた。しかし、今年は周辺ホテルの予約の埋まりも悪く、やむなくチケットの当日販売に切り替えることになったのだ。

 

「いつから、こんなパークになったんだろう…」

 

霜月は客がまばらなパークを眺めていた。落ちていたガイドマップが風で飛んできた。それを拾い上げると、霜月はごみであふれているダストボックスに押し込めた。もう現場は崩壊していた。

 

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2016年は前の年も好評だったお姫様イベントで幕を開けた。しかし、昨年の大混雑がウソのように、客足は伸び悩んだ。それはそうだ。メディアでも取り上げられない、CMも流れない。そんなパークのイベント情報を、誰が知ることができるのだろう。一部の熱心なファンしか、冬の寒いパークは訪れなかった。

 

ついに、そのときがやって来た 

その日、オクシデンタルは2015年度の決算発表の記者会見を開いていた。

 

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老眼鏡をかけ、小さい文字を読み上げながら決算の説明をする能登。それを横で見守る霜月と吉本。記者からは工事が中断した再開発計画について厳しい質問が飛んだが、霜月と吉本はそれを冷静に受け答えをしていった。

 

会見も終盤にさしかかり、能登がゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

 

「オクシデンタルワールドにとって、2015年度は非常に厳しい年になりました。もちろん、多くのゲストの皆様、取引先の皆様に多大なるご迷惑と、ご心配をおかけしてしまいました。長年、経営に携わってきた身として、責任の重さを痛感しております」

 

「そこで、今回の決算の責任を取り、6月の株主総会でわたくしは、取締役会長を含む全役職から退任することを、ここに表明いたします」

 

居並んでいた多くの記者からは「おお!」という、どよめきにも似たような声が上がった。それを霜月と吉本は、表情一つ変えずに見つめていた。

 

盛者必衰、奢れるもの久しからずや。パークは死んだ。しかし、生き返るチャンスはまだある。吉本のスマートフォンには、三井住友信託の山崎頭取からのメッセージが届いていた。

 

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この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。

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