この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。
プロローグ
その日、私は虎ノ門ヒルズの森タワーにいた。
もう後戻りはできない。だけど、後悔はなかった。一度決めたことは、何があっても突き通す。小さい頃はよく「頑固」と言われたけれど、それが私の取り柄だと思っている。
カバンの中に入れたスマートフォンが鳴る。マッカードルさんからだった。
「もしもし、小鳥遊ですが…」
「すみません、ご連絡が遅くなってしまって…。今どちらにいらっしゃいますか?」
「オフィスエントランスの前にいます」
「そうですか、それならよかった…。じゃあ、今から迎えに行きますね」
私の手には、茶封筒が握られている。もしこれがバレたら、私の首は間違いなく飛ぶだろう。でも、もしそうなったとしても、後悔はない。自分で決めたことだから。
人がたくさん行き交うエントランスの前で、私はじっとマッカードルさんが来るのを待っていた。
第1章 限界
「小鳥遊さん、これ来月の予算。まだ上には上げてないけど、ざっと目を通しておいてよ」
私がオフィスで仕事をしていると、突然、経理部の櫻井部長がやって来た。目の前に差し出されたのは、来月の予算計画書。日々の電気代から従業員の人件費まで、ありとあらゆる項目が載っている。この計画書をもとに、われわれ運営監理部の面々は、来月の運営計画を立てるのだ。
「ありがとうございます。早速チェックしますね。そういえば…」
「ん?どうかした?」
「この間のスタッフの時給アップの件、上田常務にはお話していただけましたか?」
「ああ…。この間の運営会議で言ってたやつか?話してないよ。話せるわけないじゃないか」
「え…。どうしてですか?」
「どうしても何も、君だって分かってるだろう?今年度は売り上げ目標の達成が厳しい。ただでさえ、もともとの経費も削られてる。そんな中で、時給アップなんてできるか?もうちょっと空気を読んでくれよ」
そう吐き捨てるように言うと、櫻井部長は、そそくさと自分のオフィスへ戻っていった。
(ああ…やっぱりダメだったか…)
私は心の中でつぶやくと、予算計画書に目を落とした。
私は数字を見ながら、顔の血の気が引いていくのが分かった。来月は5月、ゴールデンウィークもある。それなのに、予算計画では1月~2月の閑散期レベルまで、経費が削られていた。こんな予算では、とても現場は回せない。
私は慌てて、櫻井部長に電話した。
「ああ…。そんなことは分かってるよ。無理な数字なのは分かってる」
「じゃあ、どうしてこんな予算にしたんですか!これじゃあ、現場の人員を今以上に削らなきゃ、給料だって払えませんよ!」
「そこを考えるのが、運営監理部の君たちの仕事だろ?『削れる経費は削れ』今年の社長の年頭会見、忘れたのか?」
「それは…。でも、この数字じゃ無理です。なんとかなりませんか…?」
「う~ん…。ウチの面々も、鉛筆なめながら、必死に考えて計算した数字だよ。何なら、ウチのやつとケンカでもするか?」
「分かりました!もう結構です!」
売られたケンカは買うしかない。でも、私は大人だ。ここでケンカしても、意味のないことは知っている。私は力任せに受話器を置いた。こんなことでしか、櫻井さんに仕返しはできないから。
たぶん、経理部は上から経費を削ったことを、褒めてもらいたいのだろう。今の人事評価制度だと、より経費を削った者が、出世する仕組みになっている。
櫻井さんは今の会長と同じ、早稲田出身だ。今の会長も経理部の出身だから、おそらく出世のことしか頭にないのだろう。現場のスタッフや客のことは、これっぽっちも考えていないんだろう。
「小鳥遊さん…大丈夫ですか?」
「うん…ありがとう。ちょっとね、また櫻井さんとやり合っちゃった」
私がイタズラっぽく笑うと、東海林さんはちょっとホッとした表情を見せた。東海林さんは次長、いわば私の右腕だ。次長といっても、まだ若い。だけど、仕事は丁寧で、私が男だったらお嫁さんにもらいたいタイプだ。
「やっぱり、時給アップの件は難しいんでしょうか…?」
「そうみたいだね。櫻井さんは出世のことしか頭にないみたいだし、もし時給アップなんて言ったら、前の福岡さんみたいに首を飛ばされると思ってるんじゃないの?」
「ああ…そうですか…。でも、来月の予算も厳しいんですよね」
「そう、これ見てよ。これで現場が回せるかっつうの!ホント、頭にくるよね」
冗談めかして言ったのだが、東海林さんは計画書を見ながら、黙り込んでしまった。厳しい数字であることは、運営監理部の誰が見ても明らかだった。
第2章 別れ
「おお!美月ちゃん!久しぶりじゃない!どうかしたの?」
「ちょっとね、山本さんの様子を見たくて」
デスクワークに疲れた私は、パークへ行くことにした。このワッフル屋さんは、私がまだ新米の頃、ワーキングリードとして働いていた。そんな場所で私よりも長く働いているのが、山本知世さん。私の母と同じ年、心の中では「舞浜の母」だと思っている。
「この後、時間ありますか?少しお話したいんですが…」
「もちろん!今日は15時で上がりだから、それからでもいい?」
「ええ、じゃあキャストインで待ち合わせで」
「分かった!じゃあ、また後でね」
山本さんと軽く会話を交わすと、私は店内を見回った。お昼を過ぎているのに、店内は多くの客で賑わっていた。Qラインを見ると、ざっと最後尾からレジまで1時間ほどは待つだろうか。もし人員が増やせれば、もっと待ち時間は短縮できるはずなのに…。
ここもギリギリの人数で回している。もし誰かが休んだりしたら…と考えると、恐ろしい。でも、おそらく上の偉い方々は、そんなことは知らないのだろう。
「ごめ~ん!遅くなっちゃったね」
「いえいえ…私から声かけたんですから、気にしないで下さいよ」
キャストインで書類に目を通していると、遠くから山本さんが走ってきた。手にはなぜか、ワッフルの入った箱が握られている。
「あ!またワッフル持ち出したんですか?竹中さんに怒られますよ」
「いいの、いいの。あんな兄ちゃんに怒られたって、おばさんは何も怖くないんだから。ほら、今月の季節のワッフル持ってきてあげたから、食べて!」
「もう…山本さんに勧められたら、断れないじゃないですか」
私はちょっと困ってしまったが、出来立てのワッフルを口に運ぶ。やっぱり山本さんの焼くワッフルは美味しい。そういえば、新米の頃、非番なのに行って、山本さんのワッフルをよく食べてたっけ。
「美月ちゃん、ところで話って何?」
「ええ、実は山本さんに聞きたいことがあって…」
「聞きたいことって?」
「最近、レストランのスタッフって、どうですか?やっぱり人員は足りてませんよね」
「う~ん…出世した美月ちゃんに、こんなこと言うのもおこがましいんだけど、ハッキリ言って、今の社員さんは無能な人ばっかりだよ」
山本さんの表情が急に変わった。でも、なんでもハッキリ言ってくれるから、山本さんに聞きたかったんだ。
「スタッフを削れば上から褒められるって話を聞いたけど、私は『バカじゃないか?』と思ったよ。だって、スタッフ削れば、その分だけお客様を待たせなきゃいけないことになる。もちろん、私らスタッフだって、全力で働くよ。でもね、人間には限界ってものがある。機械じゃないんだ。それなのに…」
「ワッフル屋さん以外も、話は聞いてますか?」
「もちろん!向かいのカフェだって、若い子が入ってもすぐに辞めちゃうし、時給が高いベテランのスタッフは、耐えられなくって辞めていくばっかりだし…。もう、どこのレストランも厳しいよ。それなのに、社員ときたら、経費経費って、バカの一つ覚えみたいに…」
「やっぱりそうですよね…」
「ごめんね…。美月ちゃん、現場を監督する立場にいるのに、こんなおばちゃんの愚痴を聞かせちゃって…。でもね、私も実は、もう辞めようと思ってるんだ」
「え?」
私は思わず聞き返してしまった。山本さんが辞める?
「もう私もパークに勤めて30年以上になる。リーダーにもなったし、ファイブスターカードだってもらった。時給だって、ワッフル屋さんで一番もらってる。でも、この間、竹中ちゃんに言われちゃったよ。『あんたみたいなスタッフは、もういらない』って…。結局は時給が高いベテランはいらないってことだよね」
「そんな…。竹中さん、そんなひどいこと言ったんですか!」
「美月ちゃん、怒らないで…。でも、竹中ちゃんの言ってることも正しいんだよ。ワッフルはコツをつかめば、誰だって焼ける。もう私もそろそろ引退するときかなって、思っちゃったんだ」
山本さんの目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「ホントはね、辞めること、美月ちゃんにも内緒にしておこうと思ったんだ。でもね、おばちゃん、嘘つくのは嫌いだから。言えるときに言おうと思って…。ごめんね」
「山本さん…」
私も思わず、もらい泣きしてしまった。私の大切な人が、辞めようとしている。でも、私にはどうすることもできなかった。キャストインで見送った山本さんの後ろ姿は、どこか寂しげだった。
第3章 反乱
キャストインでのおしゃべりから間もなく、山本さんが辞めたことを風の便りで知った。また一人、私の大切な人が舞浜を去って行った。
私の仕事は「運営監理」現場の乗り物やレストラン、お店の管理・運営は、それぞれの部署の担当者が行っている。私たち運営監理部は、その部署がきちんと仕事を行っているのか、監督する立場にある。
ただ、最近のパークをめぐる状況は厳しい。周辺に大きな商業施設が開業して、高校生や大学生、パートで働ける人は、そちらへ流れてしまっている。
遊園地と聞くと聞こえはいいが、その仕事の大部分は屋外作業だ。サービスレベルも高い水準が求められる。なのに時給は安い。人が集まらないのも当然だった。
現場の人手不足は深刻だった。今はまだ、どこの現場もなんとか回せているが、一人でも欠員が出てしまうと、大変なことになってしまう。それなのに、現場の社員たちは、より少ないスタッフで回すために、ムリな要求を押し付けている。
運営監理の立場として、なんとかしたい。私は決心を固めた。
その日は、月に一度の「運営会議」が行われる日だった。会長、社長、副社長、取締役、そして各部署の部長クラスが一堂に集まり、次の月の運営計画について話し合う。
本社の会議室には、幹部たちが一堂に会していた。
「えー、来月の予算計画については以上になります。5月につきましては、大型連休もありますが、レストランを中心にさらなる人件費の圧縮を目指しています。運営計画につきましても、それに合わせています。それでは、運営計画について、小鳥遊さん、お願いします」
「はい…それでは運営計画についてご説明いたします。お手元の資料、10ページをご覧ください」
パワーポイントを使って、来月の運営計画について説明していく。能登路会長は、黙って資料に目を落としていた。下北社長は、何やらペンでメモを取りながら聞いていた。
「来月の運営計画については以上になります」
「小鳥遊さん、ありがとうございました。それでは、何かご質問などある方は、いらっしゃいますか?」
運営会議では田上副社長が司会役を務める。特に質問などは出なかった。ここまで経費を削って、現場に無理を押し付けているのに、誰も変だとは思わない。私はそんなことを考えながら、座っていた。
「それでは、最後に提案や改善点などある方は…」
「すみません、少しよろしいですか?」
「はい、小鳥遊さん、お願いします」
私はゆっくり立ち上がると、能登路会長や下北社長のほうを向いた。手が震えていたのは分かった。でも、もうこの機会しかなかった。
「運営監理部の小鳥遊です。今回、運営計画を提案させていただきましたが、現場としてはかなり苦しい状況です。新しいスタッフは集まらない、ベテランのスタッフはどんどん辞めていく…。現状はなんとか回せていますが、あと1年、2年もすれば、絶対にほころびが出てくると思うんです」
周りの役員たちは、下を向いていた。でも、私は話し続けた。
「経費を削ることは悪いことではないと思います。ただ、現場に無理を押し付けることは、やがてはお客様の不満につながるのではないでしょうか。そうなってしまうと、もう取り返しがつきません。現場の労働環境の改善、時給の引き上げなどは、検討していただけないでしょうか。よろしくお願い致します」
言いたいことは言った。私はゆっくりと椅子に腰かけた。会長も社長も、黙って下を向いていた。
「えー…小鳥遊さんから、現場の労働環境の改善について、話題が出ましたが…」
「田上君、ちょっといいかな?」
「はい、能登路会長、お願い致します」
まさかの展開に、私は思わず目を丸くした。能登路会長は、席を立つと、私の目を見て話し始めた。
「小鳥遊さん、先ほどは運営計画の提案、ありがとう。ただ、今の話を聞いていると、どうも君は勘違いしているようだ」
「勘違い…ですか?」
「ああ…。君は私たちが夢と魔法を客に与える、素晴らしい仕事をしていると、勘違いしているのではないのかな?」
「君も部長として、この会社で仕事をしているのなら、分かるだろう?私たちは夢と魔法を与えているのではない、『金』で売っているんだ。ボランティアでもないし、慈善団体でもない。そこに儲けがなければいけないんだ」
「われわれは営利企業だ。経費を削り、儲けを増やす。それがやがて、株主に還元され、我々に給料として支払われる。少ないスタッフで回せるのなら、それでいいじゃないか。もし人が足りなくて困ったら、そのとき考えればいい。今はまだ、そのときじゃないと思うんだがね」
「しかし、今でもかなり厳しい状況ですし…」
「でも、現場は回っているだろう?どこかのお店を閉めたり、レストランを閉めたりする状況ではない。入園者数は伸びているし、客単価も上がっている。何の問題もないじゃないか」
私は反論するのをやめた。ああ…この人は、金のことしか考えていないんだな。現場のスタッフの大変さ、長い時間待っている客の気持ちなんか、考えたこともないんだな。そう思うと、なんだかばかばかしくなった。
「田上君、小鳥遊君からまた何か相談があったら、君が聞いてあげなさい。人事部の佐藤君、時給の引き上げは必要あると思うか?」
能登路会長から急に話題をふられた、人事部の佐藤部長は、慌てた様子で立ち上がった。
「いえ…現状では、首都圏や名古屋といった地方まで人材募集の手を広げています。人事部としては、充足数を満たしているという認識です」
「そうか、分かった。小鳥遊君、これでこの話題は終わりだ。また何かあったら、田上君に相談しなさい」
私の小さな反乱は、あっけなく終わった。後で田上さんから、小一時間お説教を喰らったことは、言うまでもない。根回しをせず、いきなり話題を出した私も悪かった。もう諦めしかなかった。
第4章 裏切り
その日、私はイクスピアリのトルセドールで、一人飲んでいた。最近、私の元気がない様子を見かねた東海林さんが、私を飲みに誘ってくれたのだった。
「すみません!お待たせしました!」
慌てて店の中に入って来た東海林さんは、見慣れない男の人を連れていた。本社でも会ったことのない人だった。
「ううん、大丈夫だよ。私も早めに来ただけだから。それにしても、お隣は彼氏さん?」
「違いますよ!今日はこの方を小鳥遊さんにご紹介したくて」
「え!私に?」
すらっとした長身、ハーフのような端正な顔だち、なかなかのイケメンだった。でも、どうして私に紹介したいんだろう?私は不思議で仕方がなかった。
「初めまして、私はウォルト・ディズニー・ジャパンでバイス・プレジデントを務めています、マッカードル翔と申します」
彼はそう言うと、私に名刺を差し出した。私もとっさに名刺を取り出す。
「こちらこそ、私はオクシデンタルワールドで運営監理部の部長をしています、小鳥遊美月と申します」
「なんだか、商談みたいになってしまいましたね」
彼はいじらしく笑った。私も思わず笑い返す。「バイス・プレジデント」というのは、偉い人なのか?外資系企業はよく分からん。でも、どうして東海林さんは、ディズニー・ジャパンの人を私に紹介したいんだろう?私の頭の中は、ちょっと混乱していた。
それから私たちは、カウンターで飲み始めることにした。それは、ちょうど、飲み始めてから1時間ほど経った頃だった。マッカードルさんが真剣な顔をして、私に話しかけてきた。
「実は、折り入って、小鳥遊さんにお願いしたいことがありまして」
「お願い…ですか?」
「小鳥遊さんは、今のパークについてどう思ってますか?」
「え…?どういう意味ですか?」
隣で私の顔を東海林さんが見つめていた。
「今のパークですか…。ハッキリ言って、壊れかけていますよ。現場のスタッフの皆さんは、本当によく頑張ってくれています。ですが、上の偉い方は危機感がなくて…」
「やはりそうですよね…。じゃあ、それを変えたいとは思いませんか?」
「えっ…?どういうことですか?」
私は思わずたじろいだ。マッカードルさんが考えていることを、すぐには理解できなかった。
「実はアメリカのディズニー本社も、東京のパークの現状に強い危機感を感じています。ただ、東京はフランチャイズですので、本社はすぐに手を出せません。そこで、小鳥遊さんに協力していただきたいんです」
「私が協力…?ですか?」
「ええ…。ディズニー本社はオクシデンタルワールドを買収しようと考えています」
「え!」
「公にはなっていませんので、まだ秘密にしておいてください」
そこから、マッカードルさんは、私に細かく説明してくれた。オクシデンタルワールドが、最近になって、経費削減を進めていること。ディズニー本社はこれまで黙認していたが、これ以上いくと、ディズニーのブランドが傷つく可能性があること。今のロバート・アイガーCEOは、その現状を変えたいと考えていること…。
「ディズニージャパンとしては、本社の命を受けて、オクシデンタルの買収に向けて準備を進めています。そこで、小鳥遊さんには、オクシデンタルの財務書類を提供していただきたいんです」
「でも、そんなことしたら…」
「もちろん、小鳥遊さんの身分は保証できません。ディズニー本社の名前を出してもらっても困ります。ですが、買収に向けて、内部資料が必要なんです。今のパークに危機感を感じている小鳥遊さんなら、協力していただけると思ったんですが…」
「ねえ、東海林さん、マッカードルさんを私に紹介したいって言うのは、私に情報をリークさせるためだったの?」
「いえ…そういうわけでは…。でも私も、今のパークを変えたい気持ちは、小鳥遊さんと同じです。ちょうどマッカードルさんとは、友人の紹介で知り合って、そこで…」
「私、東海林さんのこと、勘違いしてたみたい。マッカードルさん、私、自分の勤めてる会社を裏切れるほど、落ちぶれてませんよ。私は私のできることを、オクシデンタルでやるつもりです。裏切り者になるつもりはありません。申し訳ありませんが、協力することはできません」
私はそう言うと、椅子から立ち上がった。
「マスター、お会計お願いします」
てっきり愚痴を聞いてもらえると思っていたのに、思わぬ変化球が返ってきた。私は足早に店を出た。オクシデンタルを裏切れるほど、私は淡泊じゃない。でも、それ以上に悲しかったのは、信じていた東海林さんに、裏切られたことだった。
彼女はおそらく、マッカードルさん側にいるのだろう。駅へと向かいながら、私は目をこすった。
第5章 決断
私はパークを見回っていた。仲のいい友人同士で来ている人、幸せそうな家族連れ、一生懸命に写真を撮っている人…。
私はこの人たちから、お金をむしり取るために働いているわけじゃない。でも、上の偉い人たちは、みんな金づるにしか見ていないんだろう。そう考えると、やっぱり悲しくなる。
マッカードルさんの言葉が、私の頭の中で、まだぐるぐる回っていた。
オクシデンタルを変えるためには、会社を裏切ることしか方法はないのか。でも、偉い人たちは何もわかってくれない。このまま壊れていくパークを、そのままにしておいていいのだろうか…。私は身を引き裂かれる思いだった。
私は山本さんの、あの悲しい後ろ姿を思い出した。もう、あんな悲しい思いはしたくない。お客さんも悲しませたくない。もう私にできることは一つしかない。そう思った。
オフィスに戻った私は、社内のデータベースにアクセスした。アクセスキーは部長クラス以上しか知らない。もう後戻りはできない。
私は、機密指定になっている文書の印刷ボタンを押した。
この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。
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