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舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



小説「東京ディズニーリゾートが『ディズニー直営』になる日」

東京ディズニーリゾートの分析・考察 小説

東京ディズニーリゾートは、世界にあるディズニーパークの中で唯一、ディズニーとのライセンス契約によって運営されています。つまり、ディズニー直営のパークではないのです。

 

舞浜新聞では以前、オリエンタルランドとディズニーとの関係について、記事をまとめました。

 

 

今回はそんな東京ディズニーリゾートがもし、ディズニーによる直営に変わってしまったら…という空想のお話をしてみたいと思います。あくまでも記事に登場する人物・会社・組織・施設などは現実と一切関係ありませんので、ご注意くださいね。

 

それは突然のことだった

2046年8月。舞浜駅に隣接する真新しいオリエンタルランド本社には、重々しい空気が漂っていた。それは、3年前から進められていたディズニーとのライセンス契約更新の交渉が「正式に打ち切られた」という知らせが社内を駆け巡ったからだ。

 

それは3年前にさかのぼる。

 

東京ディズニーリゾートはオリエンタルランドとディズニー・エンタプライゼズ・インクとの業務提携、つまりライセンス契約によって運営されている。つまり、東京のパークはディズニー直営ではなく、いわばフランチャイズなのだ。

 

そのライセンス契約は45年間。もともと東京ディズニーランドが開園した1983年から45年間の契約だったが、オリエンタルランドとディズニーとの交渉によって、東京ディズニーシーが開園した2001年からの45年契約へと改められた。その契約の期限は2046年9月4日。いよいよその期限があと3年に迫っていたのだ。

 

社長の美水は一人、オフィスで考え込んでいた。

 

オリエンタルランドはこれまでディズニーと良好な関係を築いていると思っていた。ディズニーとショーやパレード、アトラクション、グッズやレストランのメニューまでも共同で開発してきた。ディズニーから要求されるライセンス料やロイヤリティも、きちんと支払ってきた。世界で最も儲かっているディズニーパークとしての自負もあった。

 

しかし、米国のディズニー本社に派遣した代表団からの返答は想定外であった。それは、現在の契約からは考えられないような、法外な金額のロイヤリティーを求める新しい契約案であった。

 

もちろん、オリエンタルランドがそれを飲めるはずもない。経営が赤字になることは、美水でなくても社員全員が分かることだった。しかも代表団からは「我々が飲めないことを分かっていて、ディズニーはこの契約を出しているようだ」という、驚きの報告だった。

 

実際、東京ディズニーランドを作ったときも、ディズニー側から厳しい条件を突きつけられることはあった。しかしそれは、相手からの譲歩を引き出すための、米国人らしいやり方だった。しかし、今回は違う。美水の長年の勘がそう感じさせた。

 

「ディズニーはオリエンタルランドとの契約を切りたがっているのか?」

 

信じたくはなかったが、それはやがて現実味を帯びてくる。代表団は必死の交渉を続けたが、ディズニーが条件を変えることはなかった。どうすればいいのか。代表団にも悲壮感が漂い始めていた。

 

ついに交渉の最終日 

この日、オリエンタルランドとディズニーとの最後の交渉がはじめられた。状況を打開するため、急きょ美水も渡米して交渉のテーブルについた。空気は極限まで張りつめていた。

 

3年前と同じ契約案を示すディズニー。それは飲めない、なんとかこれぐらいではどうか、と食い下がるオリエンタルランド。代表団も必死だった。美水も慣れない英語で格闘した。しかし、それは徒労に終わった。ディズニーのCEOは席から立ち上がると「我々のやってきたことは、シーシュポスの岩*1に過ぎなかったのか」と吐き捨てるようにして会場を後にした。結果は決まった。

 

翌日の新聞電子版やウェブではこのニュースを大きく伝えた。

 

「東京ディズニーリゾート休園へ」

「ディズニーとの交渉決裂」

「オリエンタルランドは身売りか?」

 

雑誌や週刊誌だけではなく、これまで多くの時間を割いてこの問題を報じてきたテレビも大騒ぎになった。 

 

ディズニーとのライセンス契約は切れる。ライセンス契約がない以上、パークの運営はできない。グッズの販売すらできなくなる。美水もぎりぎりまで「契約は更新できるかもしれない」と考えていたため、8月後半まで交渉を伸ばしていた。これがあだとなった。9月からはもうオリエンタルランドは「ディズニー」のデの字も使えなくなってしまうからだ。

 

ついに東京ディズニーリゾートは休園へ 

2046年9月。東京ディズニーランド・シーは開園から2回目となる、臨時休園に突入した。これは2011年の東日本大震災以来であった。

 

ボン・ヴォヤージュやディズニーリゾートラインも運営休止。3つのディズニーホテルも休館。リゾートクルーザーもディズニーとの契約に含まれていたため、運行取りやめとなった。イクスピアリにあるディズニーストアは、ディズニーによる直営であったため、営業は続けられた。

 

オリエンタルランドの本社機能は、パークの運営に関する部門を除いて、数年前に舞浜駅直結の真新しいビルに移転していた。しかし、そんなビルはまるで通夜のような雰囲気に包まれていた。

 

オリエンタルランドは日本で、東京でディズニーパークを運営するために作られた会社と言っても過言ではない。そんなオリエンタルランドからディズニーを抜いてしまえば、ただの浦安の大地主、不動産屋に成り下がってしまう。

 

投資家の反応も敏感であった。「ディズニーとの契約が切れるのでは?」という噂は以前からあったが、それが決定的になってからは株の売り注文が殺到。オリエンタルランドの株は、もはや紙くずも同然にまで価値が吹き飛んでしまった。もはや企業としても限界に来ていた。

 

美水は決断した。

 

「もう身売りしかない」

 

実はディズニーからは契約更新案に加えて、オリエンタルランドの全株式をディズニー側が買い取ることを提案されていたのだ。このときは株価も高く、美水自身も「そんなバカなことができるか」と一蹴していたが、ここまで来たらこれを飲むしかない。2万人近い従業員を路頭に迷わすわけにはいかない。経営者として、当然の決断であった。 

 

翌日の新聞電子版にはこんな見出しが躍った。

 

「オリエンタルランド、ディズニーへ身売り」

「東京ディズニーリゾート、ディズニーの傘下に」

「舞浜はアメリカに?」

 

ディズニーとしては、大成功を収める東京のパークが惜しくして仕方がなかった。もし直営にしていれば、ロイヤリティー収入よりも多くの収益が入ってくるはずなのに…。なんとか東京のパークを手に入れる方法はないものか。ディズニーが目を付けたのが、オリエンタルランドとの契約更新の機会だったのだ。

 

オリエンタルランドはその後、ディズニーグループの傘下に入った。紙くず同然だった株は、すべてディズニーが買収して上場廃止となった。日本から東証一部上場企業が一つ、消えた。

 

舞浜はアメリカの植民地に 

東京ディズニーリゾートはディズニー直営のリゾートとなった。オフィシャルホテルはすべてディズニーに買収され、バケーションクラブのリゾートとして販売されたり、それぞれコンセプトの異なるディズニーホテルへと生まれ変わった。

 

リゾートラインは国土交通省の反対を外圧で押し切って無料化させ、舞浜の岸壁にはクルーズラインの大型客船が接岸できるよう桟橋が建設された。

 

イクスピアリは「ディズニー・スプリングス」に生まれ変わり、まさにディズニーの門前街となった。舞浜駅もJR東日本からディズニーへと管理が移され、ホームが2つある大きな駅に生まれ変わった。

 

ディズニーパークの入場料は引き上げられ、先日合法化されたばかりのカジノが外国人観光客限定で誕生した。すっかり東京のディズニーパークは日本人のものではなく、米国人のためのものになってしまった。それもそのはずだ。こんな国民の4割近くが65歳以上になっている国に、ディズニーパークはもはや必要ないのだから。

 

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©Disney

 

さいごに 

いかがでしょうか。ちょっと非現実的な描写もありますが、あくまでも空想ですのでご容赦ください。しかし、最近のオリエンタルランドの経営姿勢を見ていると、オリエンタルランドだけの問題ではないような気がするのです。

 

最近の経費削減は、ディズニーから要求されるライセンス料が高いからではないのか。ロイヤリティーの支払いが厳しいのではないのか。オリエンタルランドに対して、ディズニーは技術の出し惜しみをして値段をつり上げているのではないか。

 

これらの疑問が本当か、それとも違うのかが分からないのが怖いところです。2046年。遠い未来のように思いますが、ほんの30年ちょっと先のことです。さて、そのころの日本はどうなっているのか。今とあまり変わっていないのかもしれませんね。

*1:「シーシュポス」とは、ギリシア神話に出てくる人物のこと。シーシュポスの岩とは「果てしない徒労」を意味する言葉として使われます。実はこれ、第2パーク建設交渉の際に、ディズニーのフランク・ウェルズ社長(当時)から発せられた言葉です。