春イベントの記事に寄せられたコメントの中で、読者の方から一冊の本を勧められました。その本の名前は『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのマーケティングを担当している森岡毅さんが書いた本です。
USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか? (角川文庫)
- 作者: 森岡毅
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
- 発売日: 2016/04/23
- メディア: 文庫
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私はこの本を読んで目からうろこが落ちました。今までUSJの情報は色々とチェックしてきたつもりでしたが、裏側にはこんな意図があるとは全く知らなかったからです。
今回の記事では『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』の中から気になった部分をまとめるとともに、東京ディズニーリゾートの将来像についても少し考えてみたいと思います。
「V字回復」を果たしたUSJ
開業以来、USJは長年入園者数が伸び悩んでいました。これまでは「開業当初のトラブルがブランドイメージに傷をつけたから」という意見が多かったのですが、森岡さんは明確にこれを否定しています。森岡さんは技術者たちのこだわりが変な方向に行ってしまったからだ、それは客のニーズに合っていなかったからだと書いています。
そして近年の「V字回復」と呼ばれる入園者数の増加は、いわゆる3段ロケットによって達成されたもの、そしてそれは今年の夏休み前にもオープンが予定されている「ハリーポッターエリア」を考えて行われた計画であったことを明かしています。
森岡さんが描いた「3段ロケット」というのは以下のものです。
- 家族連れ客を呼び込む
- 関西依存からの脱却
- 地方・海外進出
まずは1つ目について。USJはこれまで「映画のテーマパーク」「大人向けのテーマパーク」と呼ばれてきました。しかし、これではあまりにもターゲットが狭すぎる。パイが小さくては、呼べるお客さんも少なくなってしまいますから。
そこで森岡さんは、これらのコンセプトを変え「世界最高品質のものを用意したセレクトショップ」を掲げました。それがワンピースやモンスターハンター、ハローキティ、スヌーピーといった、映画には関係のない要素を全面に打ち出す戦略へとつながっていくのです。
そして今まで少なかった家族連れ客を呼び込むために考えたのが「ユニバーサル・ワンダーランド」これは東京ディズニーリゾートでいうトゥーンタウンやマーメイドラグーンのようなキッズエリアのことです。これまでUSJには小さな子供が遊べるアトラクションが少なかったのです。そこでUSJはエルモ、ハローキティ、スヌーピーを打ち出したワンダーランドを2012年にオープンさせました。
USJ初のキッズエリアとなった「ユニバーサル・ワンダーランド」それにしてもサンリオはピューロランドを持っているのに、よくUSJにハローキティを出したものだ。
2つ目はこれまでの関西からの客に依存するのではなく、東日本や全国、そして海外からも客を呼び込めるような体制を作ることです。それが今年オープンが予定されているハリーポッターエリアなのです。
ハリーポッターは日本でも人気が高く、ファンの裾野が広いことが特徴です。もちろん大人から子供までターゲットは広いですし、なにより海外にもハリーポッターファン、通称ポッタリアンはかなり多いでしょう。
USJはハリーポッターエリアに450億円も投資します。売上高が1,000億円程度ですから、一歩間違えば倒産の危機になるほどの大規模な投資です。USJはこれを自己資本と銀行からの借り入れで賄います。ここまでの大規模な投資に踏み切った理由として、森岡さんはファンの裾野が広いこと、「ハリーポッター」というブランド力が強いこと、そしてオーランドにあるユニバーサル・スタジオですでに成功していることを挙げています。
ハリポタエリアの導入でユニバーサル・スタジオが入園者数を伸ばし、それが近隣にあるウォルト・ディズニー・ワールドのマジックキングダムへのテコ入れにつながったとも言われています。舞浜新聞では以前の記事で、このことについて触れました。
3つ目は今後人口減少が見込まれ、市場規模が小さくなっていくことから、USJの地方進出や海外進出を新たな成長戦略として掲げています。これは東京ディズニーリゾートにとっても脅威でしょう。以前オリエンタルランドが福岡に屋内型のディズニー施設を計画して頓挫したことがありましたが、それをUSJはやろうとしているのです。
もし仮にUSJが海外進出を果たし、アジアに新しいテーマパークを作るようになったらどうでしょうか。入園者のほとんどを日本人が占める東京ディズニーリゾートにとって、海外からの客は少ないです。しかし、今後日本の人口が減っていく中でジリ貧になっていくのは目に見えています。USJがアジアでディズニーパークの運営権を手に入れる。これは夢物語でもなんでもないのです。
ハリーポッターエリアは舞浜の脅威なのか?
さて、舞浜新聞ではこれまでUSJのハリーポッターエリアについて論じてきました。簡単に言うと「ハリポタエリアは舞浜にとっての脅威。パークへの新規投資をしないと客を取られるよ」というものです。
実際、オリエンタルランドの社員の皆さんも口々に、ハリポタエリアへの危機感を口にしています。さらに昨年(2013年)行われた株主総会でも、名指しで注目していることを明かしています。
オリエンタルランドとしても、オーランドでユニバーサルスタジオがディズニーから客を奪っていることを知っているからでしょう。そしてハリポタエリアのオープンが30周年イベントの翌年、いわゆる「周年の呪い」で入園者数が落ち込む年にオープンすることも、さらに危機感を強くしている理由だと思われます。
そんな危機感とは裏腹に、最近のパークに関する情報を見ていると「本当にこれでUSJに対抗しようとしてるの?」と思うものばかりです。これについては、今はあくまでも大規模投資に向けた準備期間であると舞浜新聞では考えています。
例えば、もし仮に30周年イベントの落ち込みを見越してあらかじめ「2014年には新しいファンタジーランドを作るよ!」と発表したとします。さて、それを聞いた人はどう思うでしょうか。「なんだ。30周年なのにファンタジーランドのアトラクションはやってないのか」「せっかくならできてから行こう」というように、来園の先送りが起きてしまいます。
これでは本末転倒。おそらくオリエンタルランドは2018年のランド35周年に向けて、すでに動き始めているのではないかと思っています。詳しくは以下の記事をどうぞ。
実はUSJもハリポタエリアの開業まで設備投資を減らし、少ない投資でより大きな集客を上げようと努力していたのです。以下がその年表です。
- 2011年度 開業10周年。東日本大震災の影響で当初は客足が伸び悩んだが、同伴の子供無料の「スマイルキッズフリーパス」発売や「ハロウィーン・ホラー・ナイト」「モンスターハンター・ザ・リアル」「世界一の光のツリー」などのイベント効果で前年対比+8%増となった。
- 2012年度 子供向けエリアとなる「ユニバーサル・ワンダーランド」の導入
- 2013年度 TDR30周年を意識するものの、設備投資には20億円程度しか使えない。そこでスパイダーマンのライドの4KHD×3D化、そしてハリウッド・ドリーム・ザ・ライドに後ろ向き走行の「バックドロップ」を導入。これが大当たり。
- 2014年度 ハリーポッターエリアの開業(予定)
ここでは簡単にまとめたのですが、森岡さんをはじめ、現場の方はかなり苦しみながらやっていたことが本では書かれています。こうして見ていくと、東京ディズニーリゾートがやっている近年の経費削減も、今後の投資への準備期間だと考えられるのではないでしょうか。
ちなみにハリポタエリアに関しては2010年7月から本格的に導入についての検討を始め、2012年5月に計画を発表、2014年夏にもオープンという流れになっています。東日本大震災の最中にもプロジェクトは動いていましたので、このあたりは東京ディズニーリゾートにとって寝耳に水だったに違いありません。
ちなみにオリエンタルランドの加賀見会長は、日経ビジネスの記事で「次の30年」を見越して動いていることを明かしています。
OLC会長の加賀見俊夫は「これからは次の30年に向けて設備投資もかさむため一時的に(売上高営業利益率は)10%台まで下がるだろう」と読む。「飽きられないテーマパークづくり」に向け、加賀見は「TDLはファミリーや若者向けにアトラクション(施設)やショー(観劇)に磨きをかけ、TDSはアダルト向けに敷地面積のそのものを拡大するのも腹案だ」と明かす。
「本当にこれからのパークは大丈夫なの?」とディズニーファンは思うのですが、これについてはオリエンタルランドの新しい経営計画を見ないことには何とも言えません。仮にここで何も目新しい計画が出なければ、ちょっと将来が不安になりますね。
ハリーポッターエリアは舞浜の脅威ではない?
一方で、こんな見方もできます。森岡さんも本の中で書いているのですが、近年の入園者数の推移を見ると、USJも東京ディズニーリゾートもともに入園者数を伸ばしているのです。これは東京と大阪の間に流れる「3万円の壁」いわゆる交通費がネックになっており、お互いに客を奪い合う状況ではないというのです。
東京ディズニーリゾート(ランド・シー合算)とUSJの入園者数の推移。2013年度は見込み。過去3年間を見てみると、TDR・USJともに右肩上がりなのが分かる。決してパイの奪い合いはしていない。
ハリーポッターエリアによって、東京ディズニーリゾートの客がどれほど奪われるのか。正直に言って、私も全く予想できません。ただ、USJが実際に関西依存からの脱却を目指してハリポタエリアを導入する以上、一定程度の客を奪われるのは明らかです。どれくらいの客が大阪に流れるのか。これはオリエンタルランドも必死で計算していることでしょう。
USJと舞浜の違い
実はUSJはアメリカのユニバーサルと資本関係が一切ありません。これはディズニーとのフランチャイズでパークを運営しているオリエンタルランドと似ています。オリエンタルランドと違うのは、USJはかなり自由にパークを運営できるということです。
映画だけではなく、様々なキャラクターやコンテンツを取り入れられるのも、USJの強みと言っていいでしょう。
ちなみに、USJが立っている大阪・桜島の土地は借地です。その期間は50年間。すべて自前で所有しているオリエンタルランドとは対照的ですね。しかし、それでも利益率(EBITDAマージン率*1)はUSJのほうがオリエンタルランドと比べて高いのです。それだけUSJのほうが効率的に稼いでいるということでしょう。ここにも、最近のオリエンタルランドが徹底的にコストカットをして、利益率を高めようとしている理由がありそうです。
本の中では「エクスプレスパス」についても触れられています。ディズニーのファストパスが無料で配られているのに対して、USJは同様のエクスプレスパスを有料で販売しています。
これに関しては森岡さんが「お金をより多く払った人が、より良い体験ができるのは当たり前」「足の速い人が有利なファストパスよりも、時間を有効利用できるエクスプレスパスのほうが便利」「ファストパスが時間に縛られるのに対して、エクスプレスパスに時間の縛りはない」といった利点を挙げています。
これに関しては人によって判断が分かれると思います。実際、東京ディズニーリゾートでは宿泊プランにファストパスなどを組み込んだ「バケーションパッケージ」の売り出しを強化しています。これは事実上のファストパス有料化ともいえるでしょう。必ずしもUSJだけが責められる理由はないと思います。
バケーション・パッケージのプランに含まれているファストパス。「有料でもいいから販売して」という声は大きい。©Disney
本の中では気になる一節も見つけました。全文を引用したいと思います。
東京ディズニーリゾートのように、ディズニー本体から高価なアトラクションをバンバン輸入できるパークでは、実際のプロダクトを見てから取捨選択できるのでエクセキューション上のリスクの大半を回避できているケースもあります。対してUSJは、スパイダーマンやハリー・ポッターのようにユニバーサル社が開発したものを改善して持ってくるケースもありますが、それは逆に少なく、最近のアトラクションやショーの多く(というかほとんど)は独自開発しています。(p.189-p.190)
実際のアトラクションを見て導入できるのは、確かにオリエンタルランドの強みだと思います。ただし、東京で独自開発したものもいくつかありますし、なにより日本人に受けるかどうかは実際に導入してみないことには分かりません。
また、ショーも、基本的にはオリエンタルランドとディズニーによる共同開発です。ここはUSJと比べて弱いのかもしれませんが、海外のパークにエンタメを輸出したこともあります。
西のUSJと東の東京ディズニーリゾート
ライバルというものは、お互いを成長させてくれる大切な存在です。私は大阪にUSJがあるからこそ、東京ディズニーリゾートにとっても良い刺激になると思っています。しかし、どうもUSJは開業から低迷が続いていたため、オリエンタルランドに油断があると思うです。ここをUSJにはぜひ頑張ってもらって、東京ディズニーリゾートに刺激を与えてもらいたいと思います。
ハリーポッターエリアのオープンは2014年後半。森岡さんの本や新聞報道では「夏休み前」と言われています。さて、2014年度のUSJの入園者数はどうなるのか。そして東京ディズニーリゾートの入園者数はどうなるのか。期待したいところです。私もなるべく早く大阪へ取材に行きたいと思います。
最後に余談ですが、舞浜新聞にとって耳の痛い一言を本の中から引用したいと思います。
マーケターは「消費者目線」を基本にしないとアイデアも戦略も判断も全てにおいて焦点がズレる。(p.85)
これはセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長も自著『売る力』の中で触れています。この本の中では「お客様のために」は売り手の立場で考えている、本当に客のためなら「お客様の立場で」考えることが大切だと述べています。
とかくディズニーファン寄りでオリエンタルランドを批判してしまいがちな舞浜新聞。大多数のゲストがどう考えているのか。そしてオリエンタルランドのマーケティングはそれをどう受け止めて、どのようにパークを運営していこうと考えているのか。2014年度もそこに気を付けて、取材をしていきます。
USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか? (角川文庫)
- 作者: 森岡毅
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
- 発売日: 2016/04/23
- メディア: 文庫
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*1:EBITDAを売上高で割って算出するものです。減価償却費を除いて収益性を判断する会計指標です。