「複数日来園パスポート」は、2022年3月15日で申し込みの受付を終了しています。
2022年3月4日、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは、これまで販売してきたパークチケットに加えて、新たに「複数日来園パスポート」を発売することを発表しました。
プレスリリースは一切なし、公式ウェブサイトでひっそりと発表されたため、大手メディアではあまり報道されていません。ただ発表当初から、SNSを中心にファンから批判的な声が多く上がっています。
今回は「複数日来園パスポート」がどのようなチケットなのか、そしてチケット導入のねらいと、販売休止が続く「年間パスポート」の今後について考えていきたいと思います。
目次
どんなチケットなの?
複数日来園パスポートとは、2022年5月~7月の3か月の期間中、月2回・計6回入園できるパークチケットです。ただし、自由に入園できるというわけではありません。
(東京ディズニーリゾート公式ウェブサイトより引用)
チケット購入者は、あらかじめ入園希望月の前月1日~7日の間に、希望する入園日とパーク(4日間分)を公式サイトで申し込みます。その後、15日ごろに発表される当選日とパークを確認して利用する、という仕組みです。つまり、入園できる日を自由に決めることはできないのです。
しかも、入園希望日として申し込めるのは、土日や混雑予想日を除いた指定日のみ。また、一度確定した入園日とパークは後から変更・キャンセルすることはできません。前の月に申し込まなかったり、入園しなかったりしても、翌月以降への繰り越しや返金などもありません。コロナ禍の前まで販売されていた「年間パスポート」と比較すると、かなり使い勝手が悪くなっているのです。
仮にきちんと申し込みをして、入園日が確定したとしても、開園してすぐには入れません。複数日来園パスポートの入園は、午前10時30分から。従来から販売されている「入園時間指定パスポート」と同じ扱いになっています。ショーやキャラクター・グリーティングなどの「エントリー受付」は問題ありませんが、アトラクションやショップなどの「スタンバイパス」の取得は難しくなるかもしれません。
なお、公式ウェブサイトでは、入園日が緊急事態宣言やまん延防止等重点措置期間となった場合でも、日付の変更はできないことが明記されています。また、感染症対策などでパークの運営時間が変更になった場合は、入園開始時間が変更になる場合があるとしています。
価格は44,400円(大人・中人・小人共通)。6回分ですので、単純に割ると1回あたり7,400円になる計算です。申し込み対象日の10時半チケット(入園時間指定パスポート)の価格は、7,900円と7,400円のいずれか。仮に6回すべてを7,900円の日程にしても、最大3,000円しかお得にはなりません。
チケットの購入は、2022年3月9日~3月15日まで。公式ウェブサイトでのみ受付しています。顔写真と本人確認書類の登録が必要になるため、購入者以外の使用や使用権利の譲渡はできません。また、決済方法はクレジットカードのみ。購入の申し込みが一定数を超えた場合は、抽選販売になる予定です。購入者には4月下旬に、簡易書留で顔写真入りのチケットが郵送されます。
買ってほしいターゲットは誰?
今回の「複数日来園パスポート」の発表を受けて、SNSではファンから批判的な声が多く上がっています。
「自由に入園できないのは不便」
「コロナ禍も続いているのに、入園日が変更できないのが辛い」
「価格に見合っていないのではないか」
複数日来園パスポートの入園希望日は、同行者も4名まで申し込むことができます。しかし、あくまでも同行者全員が複数日来園パスポートを持っていることが条件。子どもも大人と同じ料金設定になっているため、どうしても割高になってしまいます。従来の年間パスポートと比べると、家族や友人と一緒に使うことには制約があるでしょう。
あくまでも個人的な推測ですが、複数日来園パスポートは、大学生など自由な時間が多い世代や、在宅勤務などで平日でも自由にパークに入園できる層をターゲットにしていると考えることができます。もちろん、グループではなく「おひとり様」での利用が想定されていると言えるでしょう。
東京ディズニーリゾートは、新型コロナウイルスの流行で大打撃を受けています。2021年3月期(2020年度)の決算は、最終損益が541億円の赤字に。通期で赤字となるのは、1996年の上場以来初めてのことでした。2022年3月期(2021年度)も最終損益は58億円の赤字を見込んでおり、未だに厳しい状況が続いているのです。
そんな年度末の時期に、突然発表された「複数日来園パスポート」。SNSでは「決算前に『お布施を払え』ということか」と指摘する声も上がっていました。販売開始から入金までが2週間程度、しかもすべて3月の年度内というのが不自然にも感じます。
たしかに、従来の年間パスポートのように、まとまった現金収入が入るのは、会社にとって大きなメリットと言えるでしょう。1日券を小分けに販売するよりも、6回分のチケットをまとめて買ってくれる方が、会社にとってはありがたいはずです。
ただ、どちらかと言えば「休日よりも平日に来てほしい」「休日と平日の混雑を平準化したい」という、オリエンタルランドの以前からの考えが透けて見えます。
もしかすると、オミクロン株の流行と感染の第6波がなければ、1月~3月を対象にして発売し、閑散期の入園者数の上積みと決算前の現金収入、どちらも獲得しようと考えていたのかもしれません。
様々な批判の声が多く上がっていますが、従来の年間パスポートと同じ形式のプラスチック製カードは、一種のステータスにもなりえるでしょう。うがった見方ですが、舞浜におけるマウンティングの対象になる可能性もありますね。
年間パスの復活は「ない」?
複数日来園パスポートの発売を受けて、一部では「年間パスの復活に向けたテスト販売では?」「複数日パスの売れ行きが良かったら、年間パスも復活するのでは?」という声も聞かれます。
しかし、個人的には新型コロナの流行が終息した後も、以前のような一年間自由に利用できるチケットの販売はないと考えています。
オリエンタルランドはこれまで、年間パスポートの発行数・保有者数を公式には発表していません。しかし、日本経済新聞や日経MJの報道によると、2009年4月には約72,000人だった保有者数は、2018年2月には約10万人に、2020年3月末では117,000人まで急増していたのです*1。
コロナ禍が続く中でも、東京ディズニーリゾートの人気が衰えたとは言えません。入園者数の制限が続いていた中でも、チケットが売り切れになっている日が多くあったからです。
仮に年間パスを復活させると、多くの方がそれを買い求めることでしょう。いくら販売枚数を制限したところで、現在よりも混雑が激しくなり、入園者数の予測が立てづらくなる、ゲスト一人当たりの消費金額(客単価)が下がってしまう、などの弊害は十分考えられます。会社にとってのメリットはあまり見当たりません。
また、こんなデータもあります。
オリエンタルランドが発表した2020年度(2021年3月期)の通期決算によると、ゲスト一人当たりの消費金額は、前年比で17.5%増加し、過去最高となる13,642円にもなったのです。22.4%の増加となった飲食部門も、客単価を押し上げた一つの要因なのですが、それよりも大きかったのが23.5%の増加となった「チケット部門」でした。
つまり、従来は地方限定・期間限定の優待チケットや、複数日有効のマルチデーパス、さらには年間パスなどで一人当たりのチケット収入が低く抑えられていたのです。コロナ禍によって、1日券や入園時間指定券の販売に絞られたことで、平均金額が押し上げられたと言えるでしょう。
「気軽に来れないから、今日はゆっくりご飯を食べよう」
「ディズニーランドでお酒が飲めるようになったから、試してみよう」
コロナ禍によって、ゲストのニーズも大きく変化しています。いくら「日本一の入園者数」を声高に叫んでいても、客単価が低く、収益性が悪いままでは、投資家から経営責任を問われるのではないでしょうか。混雑緩和、客単価の向上というオリエンタルランドの至上命題に逆行する年間パスの復活は、やはり難しいと思うのです。
仮に「ディズニーランドはダサい」「あんなの子どもが行く場所でしょ」というように、東京ディズニーリゾートの人気が低迷し、売り上げが落ち込むようなことがあればどうでしょうか。従来からパークを支えてきたハードリピーターの力を借りるために、年間パスを復活させる、というのも一つの策になるかもしれません。しかし、今後10年間でそのような舞浜の凋落が起きるとは、私には思えません。
複数日来園パスポートの仕組みを見ていると、従来からある年間パスの発行システムと、株主優待チケット向けの入園抽選システムを併用していることが分かります。仮に本気でオリエンタルランドが、年間パスに似たような仕組みを導入するのであれば、わざわざ発行費用や郵送費がかかるプラスチック製カードではなく、公式アプリによる電子チケットにするでしょう。
東京ディズニーランドの場合、新型ゲートには顔認証システムが導入されています。東京ディズニーシーでも、従来からあるシステムでは、キャスト側の端末に顔写真データが表示される仕組みになっています。プラスチック製カードでなくても、十分に対応できるのです。
メインエントランスの改修工事に合わせて導入された新型ゲート
しかし、複数日来園パスを電子化しなかったということは、あくまでも「急ごしらえ」のものであり、本気で年間パスの復活は考えていないのでしょう。
複数日来園パスの需要が高く、売れ行きが好調であれば、似たような仕組みで対象期間を拡大していくことも考えられます。また「平日のみ入り放題(ただし上限回数あり・事前に入園日を登録)」のような、従来の年間パスと複数日来園パスの併用型チケットが導入されることもあり得るかもしれません。
東京ディズニーリゾートの公式ウェブサイトから。年間パスポートについては「現時点で未定」としている。
海外パークでは年間パスが復活しているが…
年間パスポートの販売休止が続く東京ディズニーリゾート。では、海外にあるディズニーパークでは、年間パスは販売されているのでしょうか。
アメリカ・カリフォルニアのディズニーランド・リゾートでは、「マジックキー」と呼ばれる新しい通年チケットが2021年8月から販売されています。しかし、現地ゲストのニーズが高かったことに加えて、希望する入園日の予約が取れないことから大きな混乱が起きました。購入者からディズニー社に対して、訴訟も起こされる事態に…。現在は、最もグレードが低い「エンチャント・キー・パス」649ドル(約76,000円)のみ販売されています。こちらは除外日が多く、最大4つまで入園日を予約することができます。
同じくアメリカ・フロリダにある、ウォルト・ディズニー・ワールドでも、ゲストのニーズが高かったことから、フロリダ州の住民限定で「ピクシーダストパス」399ドル(税抜・約47,000円)のみ販売されています。こちらは、除外日が多いものの、最大3つまで入園日を予約することができます。
ディズニーランド・パリでは、除外日や優待サービスが違う4種類の年間パスポートが販売されています。除外日なしの「インフィニティ」は479ユーロ(約61,000円)となっており、最大3つまで入園日を予約することができます。
香港ディズニーランドは、2022年4月20日まで臨時休園しています。しかし、年間パスポート自体は残っており、除外日や優待サービスによって3種類が設定されています。除外日なしの「プラチナ」は3,998香港ドル(大人・約60,000円)となっており、事前に入園日を予約する仕組みは他のパークと同じです。
上海ディズニーランドでは、除外日や優待サービスによって、3種類の年間パスポートが販売されています。除外日なしの「ダイヤモンド」は3,599人民元(約67,000円)となっています。より安い「クリスタル」や「サファイア」は事前に入園予約が必要ですが、ダイヤモンドは不要です。
このように見ていくと、アメリカのようにパークの需要が高く、年間パスポートの販売を制限しているところもあれば、事前予約制度を導入して、従来型の年間パスポートを運用しているところもあります。ただ、東京の場合は都心からのアクセスに優れており、パーク人気も非常に高いのが特徴です。海外パークのように、年間パスポートの早期復活は難しいでしょう。
コロナ禍でオリエンタルランドはどう動くか
コロナ禍で苦戦が続くオリエンタルランド。しかし、先行きには明るさも見えます。
投資家の間では、2021年10月~12月(第3四半期)の収益が会社予想よりも上向きだったことが好感され、2月17日に株価は上場来高値となる22,885円をつけました。この株価については、一部投機筋の動きも関係しているようですが、「流行の波が終息していけば、舞浜はさらに成長できる」と投資家が予想している証拠でしょう。
コロナ禍がなければ、東京ディズニーランドの新エリア開業、東京オリンピック、さらには東京ディズニーシー20周年イベントで、オリエンタルランドはわが世の春を謳歌していたはずです。しかし、現実はそう上手くはいきませんでした。複数日来園パス以外にも、入園者数を増やしすぎない範囲で、客単価を引き上げる取り組みが続いています。
特別なコスチュームを着たキャラクターと会える宿泊プラン「バケーションパッケージ」は、その代表例とも言えるでしょう。期間限定・枚数限定の「ハロウィーンモーニング・パスポート」では、通常の1日券よりも値段を高く設定する代わりに、朝の特別営業や、ディズニーキャラクターへの仮装を認めるというサービスも行いました。
最近では、アルコールの販売拡大などのレストランメニューの強化、ピザやチュロスなどの冷凍食品「フローズンセレクション」の販売など、飲食・物販の収益を上げようとする動きもありますね。
また、ディズニーホテルでの婚礼プログラムや、宴会プランなども、テーマパークの集客に左右されずに、安定的に収益を上げることができます。東京ディズニーランドホテル限定で行われている「セレブレーションダイニング」もその一つですね。
オリエンタルランドでは、3月1日以降、段階的に入園者数の上限を引き上げていくことを発表しています。「収容率の50%を超えない範囲内」としていますので、パークの損益分岐点である「1日1パークあたり2万人」を目安に入園者数を増やしていくと考えられます。
3月9日には、オリエンタルランドから、東京ディズニーリゾートの2022年度スケジュールが発表されました。ディズニーシー20周年の期間限定ショーも関心を集めましたが、個人的にはコロナ禍で休演していた「ジャンボリミッキー!」が4月1日から復活することに、強い驚きを覚えました。
全国の保育園・幼稚園にダンスDVDを大量に配布した「ジャンボリミッキー!」
ランド・シー両パークで、しかも内容を一部リニューアルしてまで行うということは、ファミリー層やキッズ層に訴えたいと考えている証拠だと思います。
子どもの頃からディズニーのコンテンツに親しみ、 ビビディ・バビディ・ブティックへ行き、限定ランドセルを買い、卒業ディズニーでホテルに泊まり、やがてディズニーホテルで結婚式を挙げる…。オリエンタルランドにとって、子どもたちは将来の優良顧客になりうる「金の卵」だと考えているのかもしれませんね。
一部では、今後予想される「感染の第7波」に備えて、新型コロナワクチンの4回目接種を検討する動きもみられます。オリエンタルランドが長引くコロナ禍にどう立ち向かっていくのか、引き続き注視していこうと思います。
4月5日の開業を控えた「トイ・ストーリーホテル」
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参考リンク
*1:日経MJ(2009年4月27日)、日本経済新聞(2018年2月16日)、日経MJ(2020年10月9日)を参照。