舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



発生から10年 東日本大震災が東京ディズニーリゾートに与えた影響について考える

2011年3月11日、東北地方の太平洋沖を震源として「東日本大震災」が発生しました。最大震度7、地震の規模を示すマグニチュードは9.0で、観測史上最大を記録。福島第一原子力発電所では大規模な事故が発生するなど、日本は戦後最悪の自然災害に見舞われました。

 

あの震災から今日で10年。東北から遠く離れた浦安市の東京ディズニーリゾートも、この震災とは無縁ではありません。今回は当時を振り返るとともに、震災が舞浜に与えた影響について考えていきたいと思います。

 

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目次

 

防災頭巾代わりに「ダッフィー」のぬいぐるみを…

2011年3月11日。この日の舞浜は朝から冷え込み、最高気温も10度前後となる寒い一日でした。東京ディズニーランドでは1月24日に「ミッキーのフィルハーマジック」がオープン。1月20日からはスペシャルイベント「ドナルドのファニーハーモニー」が始まり、閑散期ながらもシンデレラ城前は多くのゲストで賑わっていました。

 

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ドナルドのファニーハーモニー

 

翌日の12日は、学生向けの「春のキャンパスデーパスポート」が使用不可日だったことから、修学旅行生や早めの春休みを迎えた高校生・大学生、家族連れも多く訪れていました。いつもと変わらない金曜日、午後2時46分。7万人が楽しい時間を過ごしていたパークを大きな揺れが襲います。

 

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東京ディズニーシーのメディテレーニアンハーバーでは、午後2時30分から「レジェンド・オブ・ミシカ」が公演中。大きな揺れでスピーカーも倒れ、そのまま公演が中止に。東京ディズニーランドでは午後2時45分からデイパレード「ジュビレーション!」がスタートする予定だったため、パレードルートには多くのゲストがいました。

 

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最初の揺れは震度5強。その後、立て続けにパークを余震が襲います。本震発生からわずか30分後の午後3時15分には、震度5弱の揺れを記録。震度1から3の小さな揺れも断続的に発生しました。しかし、キャストの冷静で的確な避難誘導と、多くのゲストが落ち着いて行動したこともあり、けが人は一人も出ませんでした。年間で約180回行っているとされる防災訓練が実を結んだ瞬間でした。

 

発生した時間も幸いしました。平日の金曜日だったため、避難訓練を何度も経験していたベテランキャストが多くいたこと、午後3時前のシフト交代の時間で人員に余裕があったことが重なったのです。

 

パークでは本震発生直後に、すべてのアトラクション、ショー、レストラン、ショップの運営を中止。建物内の安全を確認するため、ゲストを屋外の避難エリアへ誘導しました。このとき、無情にも上空には雨雲が…。キャストは売り物だった傘やレインコートに加えて、買い物袋や包材、ブルーシート、ごみ袋なども配布するなど、ゲストが困らないように様々な手を尽くしました。

 

防災頭巾の代わりにと、商品だったダッフィーのぬいぐるみを配るキャスト。これまでは「現実に引き戻す」としてタブー視されていた段ボールを、座布団代わりとして配るキャスト…。それぞれが独自の判断で、ゲストのために行動していたのです。

 

一方で混乱もありました。携帯電話やワンセグ放送で、東北の悲惨な情報が入ってくるにつれ、ゲストの不安が高まっていったのです。早く自宅に戻りたい。しかし、ランドではワールドバザールの安全が確認されていなかったため、退園できず、その場に待機するようにお願いが続きました。一部では、修学旅行生を連れた旅行会社から、強い苦情を受けたキャストもいたようです。すべては「ゲストの安全のため」でした。

 

その後、屋外に避難していたゲストには、安全点検が終了した施設へ順次移動してもらうことに。地震の詳細や周辺の交通情報が園内放送される中、クッキーやチョコレートなどのお土産菓子、非常用のアルミブランケットの配布が行われていきます。

 

午後7時には翌12日の休園を決定。最寄りのJR京葉線・JR武蔵野線は終日運休を決めており、薄暗くなったパーク内には、ランドに1万1,000人、シーに9,000人の合わせて2万人ものゲストが残っていました。

 

しかし、オリエンタルランドの備えは万全でした。阪神大震災のような都市直下型地震への対策として、パーク内には5万人のゲストが3日間避難しても十分な非常食を備蓄していたのです。このときは「大豆ひじきご飯」と「五目ご飯」などが配布され、温かい食事がゲストの心を癒しました。

 

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だんだんと暗くなっていくパーク。このとき、建物数が少なかったシーは、ランドに比べて安全点検が早く終わっていました。「このまま外で避難してもらうよりは、シーにゲストを誘導したほうがよい」「しかし、パーク周辺の道路は液状化で、安全に誘導できない」オリエンタルランドは最終的に「ゲストの安全が第一」という考え方から、史上初めて、バックステージの従業員専用通路を使って、1,500名のゲストを誘導したのでした。

 

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震災翌日の3月12日、土曜日。この日は朝から晴れました。パークで一夜を明かしたゲストには、温かいパンやスープ、ギョウザドッグ、飲み物などを配布。JR京葉線・武蔵野線は運転再開が遅れていましたが、東京メトロ東西線が始発から運転を再開したため、浦安駅までの臨時バスが運行されました。パーク内にいたすべてのゲストが退園したのは、この日の午後4時のこと。7万人いたゲストをなんとか守り抜いた瞬間でした。

 

震災当日から翌日にかけてのドキュメント

3月11日(金)

  • 14時46分 本震発生、施設の運営を中止、40秒後には園内放送
  • 15時22分 地震対策統括本部を設置
  • 16時30分 雨具やポリ袋、段ボールなどの配布を開始
  • 17時30分 安全が確認された施設へゲストを誘導
  • 18時30分 菓子やアルミブランケットなどの配布を開始
  • 19時 翌12日の休園を決定
  • 22時 非常食の配布を開始
  • 22時30分 ランドからシーへのゲスト誘導を開始

3月12日(土)

  • 2時 すべてのゲストの屋内避難が完了
  • 5時 浦安駅行きの臨時バス運行を開始
  • 16時12分 シーからすべてのゲストが退園
  • 16時20分 ランドからすべてのゲストが退園

 

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東日本大震災発生当時の東京ディズニーリゾート公式ウェブサイト

 

史上初めての「長期休園」

東日本大震災によって、1983年の東京ディズニーランド開園以来初めてとなる、長期間の「臨時休園」を行いました。以下は3月11日からの動きをまとめたものです。

 

  • 3月11日 東日本大震災発生、浦安市「震度5強」、翌日の休園を発表
  • 3月12日 13日以降のパーク・ホテル休業を発表(3月21日をめどに再開時期を発表)、午後2時~JR京葉線が全線で運転再開
  • 3月14日 パーク内施設への大きな損傷がないことを発表
  • 3月18日 TDS10周年全国ツアーの中止を発表、パークの再開時期「未定」、義捐金1億円拠出
  • 3月24日 イクスピアリ 28日からの営業再開を発表
  • 3月28日 イクスピアリ営業再開
  • 3月30日 千葉県、浦安市に義捐金としてそれぞれ5,000万円拠出
  • 3月30日・4月2日・4月6日・4月9日 大手メディアがパーク再開について報道→OLCは否定
  • 4月2日 リゾートライン 間引き運転で運行再開
  • 4月12日 15日からTDL再開を発表
  • 4月15日 TDL運営を再開(8時~18時の時短営業)、アンバサダーとランドホテルも再開
  • 4月19日 大手メディア 夜間営業再開についての報道→OLCは否定
  • 4月20日 TDS・ミラコスタ 28日からの営業再開を発表
  • 4月22日 被災地支援のリストバンド販売開始(~9月2日)
  • 4月23日 TDL夜間営業を再開、シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京の運営再開
  • 4月28日 TDS・ミラコスタの運営を再開
  • 5月27日 夏期特別プログラム「キッズサマースマイルキャンペーン」、キャンパスデーパス発表
  • 6月23日 カウントダウンイベントの中止を発表→特別営業は花火のみに
  • 7月25日 シルク・ドゥ・ソレイユ「ZED(ゼッド)」12月31日での公演終了を発表

 

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休園期間中に流れたテレビCM。余震が収まった後も、電力需要は綱渡りを続けていた。

 

東京ディズニーリゾートでは、周辺道路や平面駐車場で液状化被害がみられたものの、地盤改良工事のおかげで大きな被害は出ませんでした。しかし、原発事故や不安定な電力供給によって、営業再開は難しい状況に。パークのアクセス路線であるJR京葉線も、断続的に運休となりました。浦安市内では被災地にも関わらず、東京電力による計画停電が実施される*1など、東京ディズニーリゾートをめぐる状況は厳しさを増していました。

 

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東京ディズニーランドが運営を再開したのは、開園記念日である4月15日から。当初は4月1日に開始予定だったスペシャルイベント「ディズニー・イースターワンダーランド」もこの日から始まり、再開を待ちわびたゲストで賑わいました。東京ディズニーシーは5月の大型連休前である4月28日から運営を再開し、新しいショー「ファンタズミック!」「テーブル・イズ・ウェイティング」、新しいグリーティング施設「ミッキー&フレンズ・グリーティングトレイル」はこの日からお披露目となりました。

 

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臨時休園の期間は、東京ディズニーランドで35日間、東京ディズニーシーでは48日間にもなりました。年間パスポート保有者にはハガキが郵送され、休園日数分を自動的に有効期限に上乗せすることに。ランド、シーそれぞれ単独パスは休園日数分、2パーク共通パスは、シー休園の48日間が延長されました。また、休園期間中に期限を迎えた保有者に対しては、パーク再開日から日数分延長して使えることとしました。

 

 

なお、震災前に行われていたスペシャルイベント「ドナルドのファニーハーモニー」は、3月18日まで開催予定だったものの、臨時休園でそのまま終了に。東京ディズニーシーのショー「ミート&スマイル」は4月3日に終了予定でしたが、こちらも再開されることはありませんでした。

 

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2001年の東京ディズニーシー開園から公演していた「ミート&スマイル」

 

なんとか営業を再開した東京ディズニーリゾート。しかし、震災後に日本全体を覆った「自粛ムード」によって、パークを訪れる人は多くありませんでした。この危機的な状況を受けて、パークを運営するオリエンタルランドは、様々な手を打っていきました。

 

夏には、子ども用チケットの半額割引や、ディズニーホテルの朝食無料サービスなどを盛り込んだ「キッズサマースマイルキャンペーン」を実施。例年は1月~3月に販売している学生向けの「キャンパスデーパスポート」を夏休み期間に販売したり、午後6時以降に入園できる「アフター6パスポート」の開始時刻を1時間繰り上げて「夏5パスポート(3,300円)」として販売したりするなど、ありとあらゆる手が尽くされました。

 

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USJへの対抗策という意味合いもあった「キッズサマースマイルキャンペーン」

 

当初は4月23日から開始予定だった、東京ディズニーシーの10周年イベントは9月から始まり、少しずつ舞浜にも客足が戻っていきました。一方で、震災による団体客の減少によって、専用劇場で公演していたシルク・ドゥ・ソレイユ「ZED(ゼッド)」が終演に。年越し限定のショーやパレードが公演されていたカウントダウンイベントも中止となり、多くのファンからは落胆の声が上がりました*2

 

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日本初の常設プログラムとして始まった「ZED(ゼッド)」苦戦する集客に、震災による団体客減少がとどめを刺した。

 

シー10周年イベントが9月からの開催になったことから、ハロウィーンイベントは中止に。当初予定していた2012年1月~3月のフィナーレイベントも中止となりました。また、ランドでは「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズをテーマにした夏の夜間プログラムが中止に。震災による影響は様々なところで表れていったのです。

 

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東京ディズニーシー10周年イベントは、当初の予定よりも規模が縮小された。

 

オリエンタルランドによる被災地支援

オリエンタルランドでは、震災直後から被災地への支援を行っています。義捐金として日本赤十字社に1億円、千葉県と浦安市にはそれぞれ5,000万円を寄付しています。

 

東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの運営を再開してからは、2011年5月14日までに来園したゲスト一人につき300円を、各ディズニーホテルの1室1泊につき1,000円を、日本赤十字社を通じて義捐金として寄付しました。また、被災地への応援メッセージを刻んだチャリティーリストバンドを販売し、売上の全額を日本赤十字社に寄付しています。

 

震災直後には、浦安市内で従業員が土砂撤去などに協力、4月から5月には、アンバサダーとディズニーのキャラクターたちが、東北3県を訪問しました。夏休みには日本旅行業協会に協賛して、東北3県の子どもたちと保護者約700名を東京ディズニーランドに招待するイベントも行っています。

 

2011年9月までに日本赤十字社に寄付した義捐金は、総額で4億7,000万円を超えます。その後もディズニーキャラクターの被災地訪問、中学生・高校生との合同演奏会の実施、学校備品や小学校1年生への文房具の寄贈、従業員食堂における寄付つきメニュー販売などを実施しています。

 

東日本大震災、そして新型コロナウイルス

2020年、東京ディズニーリゾートは再び危機に襲われました。新型コロナウイルスの世界的な流行です。

 

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2月29日から始まった臨時休園は、東日本大震災の発生時を超え、4か月もの期間に及びました。その後、感染の波が落ち着いたため7月から運営を再開し、9月28日には東京ディズニーランドで新エリアがオープン。しかし、再び「緊急事態宣言」が千葉県で発令されるなど、入園者数の制限や時短営業が続いています。

 

ファンの間では、東京ディズニーランドの新ファンタジーランドは、もともと2014年オープンを目指して計画されていたのでは…と噂されています。もし東日本大震災がなかったら、2011年春に発表だったのでは?という話も。これについては眉唾物ですが、国難ともいえる震災を目の当たりにして、オリエンタルランドの経営判断が保守的になった可能性は高いでしょう。

 

東日本大震災の発生以降、東京ディズニーリゾートの入園者数は右肩上がりでした。これについては、様々な分析がありますが、個人的には震災によって「非日常」に対するニーズが高まったこと、SNSの普及によって承認欲求を満たせるパークの需要が高まったことが原因だと考えています。

 

あれだけの大きな災害を前にして、現実を忘れさせてくれるパークの存在は大きかったはず。TwitterやインスタグラムといったSNSの普及によって、他人から「行けていいな」「うらやましい」と思われるパークに、多くの人が承認欲求を求めて殺到した…。私はそう分析しています。

 

東日本大震災によって、2013年の東京ディズニーリゾート30周年イベントは、かなり規模が縮小されました。新型コロナウイルスの流行は、そのとき以上にオリエンタルランドに経営的打撃を与えています。感染拡大が終息したとしても、経費削減の傾向は続いていくでしょう。震災のときと同じように、明るい未来が来ることを信じるしかなさそうです。

 

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参考資料

明日、地震がやってくる! (ホビー書籍部)

明日、地震がやってくる! (ホビー書籍部)

 

www.yomiuri.co.jp

www.chibanippo.co.jp

www.chibanippo.co.jp

ikui.exblog.jp

www.data.jma.go.jp

*1:浦安市では市内の85%が液状化し、中町・新町地区で大きな被害が出ました。2011年3月の時点で、被害額は734億円と推計されています。

*2:東日本大震災の発生以降、年越しの特別プログラムは花火のみで、通常のショーと同じものが公演されています。