2022年3月23日、舞浜新聞は誕生から9周年を迎えました。これもひとえに、日頃から愛読してくださる、読者の皆様のおかげだと思っています。本当にありがとうございます。
さて、今回は「パークチケットの価格」について考えていきたいと思います。SNSを見ていると「ディズニーのチケットは高い」「家族で行くと負担が大きい」という声をよく目にします。
では、本当に東京ディズニーリゾートのチケット価格は「高い」のでしょうか。海外にあるディズニーパークのチケット価格と比べながら、東京の「割高感」の正体に迫っていきたいと思います。
目次
1日券の値段を比べてみよう
まずは、東京ディズニーリゾートと、海外パークのチケット価格を比べてみましょう。東京以外にディズニーのテーマパークがあるのは、アメリカ、フランス、中国の3か国です。アメリカは西部のカリフォルニア州と、東部のフロリダ州に2か所、中国は香港と上海に2か所パークを抱えています。
東京ディズニーリゾートを含む、世界各国のディズニーパークでは、入園日によってチケット価格が異なる「変動価格制」を導入しています。今回は、大人1日券で価格が最も高い日の場合を比べてみることにしましょう。
大人1日券(1日1パーク・パークホッパーなし)
- 東京ディズニーリゾート 9,400円
- ディズニーランド・リゾート 164ドル
- ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート 159ドル(税込169.34ドル)
- ディズニーランド・パリ 99ユーロ
- 香港ディズニーランド 699香港ドル
- 上海ディズニーランド 659人民元
では、各パークのチケット価格を日本円に直してみましょう。為替相場は常に変動していますので、今回は2021年の年間平均(TTSレート)を使って計算してみることにします。以下がその為替レートです。
- アメリカドル 110.80円
- ユーロ 131.39円
- 香港ドル 14.56円
- 中国人民元 17.33円
大人1日券(1日1パーク・パークホッパーなし)
- 東京 9,400円
- カリフォルニア 18,171円
- フロリダ 18,763円
- パリ 13,008円
- 香港 10,177円
- 上海 11,420円
日本円に換算してみると、東京ディズニーリゾートが世界で一番安いことが一目で分かります。香港や上海は東京と比べて少し高い程度ですが、アメリカにいたっては、東京の2倍近い価格設定になっているのです。
東京が安いのは「フランチャイズ」だから?
東京をはじめ、世界各国にあるディズニーパークは、それぞれ特色を持っています。カリフォルニア、東京、パリにはそれぞれ2つのテーマパークがありますが、香港と上海は1つのみ。それに対して、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートには、4つのテーマパークのほかに、2つのウォーターパークを抱えるなど、世界最大のディズニーリゾートとなっています。
そのため、一概に「東京は施設が貧弱だから安い」とは言えません。アトラクションなどの施設数に加えて、パークへの交通アクセス、周辺に住んでいる人口、ディズニー人気などの文化的土壌、さらには1パーク当たりの年間入園者数、1日の平均滞在時間、滞在日数、客単価もパークごとに大きく異なるからです。
しかし、東京ディズニーリゾートの価格の安さを考えるうえで、一つの指標になるのが「フランチャイズ」という特徴でしょう。
東京ディズニーリゾートは、アメリカのウォルト・ディズニー・カンパニーによる運営ではありません。千葉県浦安市に本社を置くオリエンタルランドが、ディズニー社とライセンス契約を結んで運営しています。つまり、コンビニや飲食店と同じ「フランチャイズ」なのです。
東京以外のパークはすべて、ディズニー社の子会社による運営、もしくはディズニー社と現地企業の合弁会社によって運営されています。東京はディズニー社の資本が入っておらず、役員や取締役の派遣なども一切ありません。また、株式の持ち合いなどもありませんので、純粋にライセンス料の支払いのみの関係になっています。
なぜ東京だけ、このような特殊な運営形態になっているのでしょうか。実はこの仕組み、ディズニー社の歴史と大きく関係しています。
1970年代、ディズニー社には世界各国から、テーマパーク誘致の話が大量に持ち込まれていました。もちろん、日本からも三菱地所や三井不動産から「ぜひ我が社と手を組んで、日本にディズニーランドを作ってほしい」という要望が寄せられていたのです。
しかし、当時のディズニー社は、亡きウォルト・ディズニーの置き土産である「エプコット・センター*1」を建設中。とてもではありませんが、海外パークの建設に振り向けるお金はありませんでした。
エプコットのシンボル「スペースシップ・アース」
映画やグッズの国際展開、さらには今後の成長戦略を考えると、新たなテーマパークの建設は急務。しかし、仮に失敗してしまえば、会社は多額の債務を抱えることになります。
結果的に、ディズニー社が選んだのは、三井不動産と京成電鉄が出資するオリエンタルランドでした。オリエンタルランドはディズニー社からの「施設の建設費は自己負担」「45年間のライセンス契約」という、当時としてはかなり強気な契約を受け入れる形で、契約にこぎつけたのです。こうして誕生したのが、アメリカ国外では初めてとなるディズニーパーク「東京ディズニーランド」でした。
つまり、東京ディズニーリゾートは、ほかのパークと違って、オリエンタルランドによる単独経営なのです。いくら経営が悪化したとしても、ディズニー社による救済は期待できません。むしろディズニー社によって、ライセンス契約が打ち切られてしまえば、ホテルなどを含む一切の事業を行えなくなってしまうのです。
東京ディズニーリゾートが海外のパークと比べて、チケット価格が低く抑えられているのは、より多くの入園者数を獲得するだけではなく、ライセンス料の割合が低いとされている、物販や飲食収入を上げて、利益を拡大しようとしているから、と考えることができるのです。
コロナ禍で状況は一変
ただ、これまで「日本一の入園者数」を誇っていた東京ディズニーリゾートですが、大きな危機を迎えています。それが新型コロナウイルスの世界的な流行です。
東京ディズニーリゾートでは、コロナ禍によって、2020年2月~6月まで臨時休園をよぎなくされました。その後も政府や自治体からの要請に基づき、入園者数の制限や時短営業、アルコール類などの販売自粛など、様々な制約がある中で営業を続けています。
これまでは、入園者数を増やすことで、利益の最大化を図ってきた東京ディズニーリゾート。しかし、パークの中に多くのゲストを詰め込めば、感染症のリスクは大きくなります。また、混雑を嫌って、入園をためらってしまう人も増えてしまうでしょう。
そこでオリエンタルランドでは、入園者数ではなく、ゲスト一人当たりの消費金額(客単価)を引き上げる取り組みを行っています。2021年3月から導入された、入園日によってチケット料金が異なる「変動価格制」もその一つです。これまでは、平日・休日で同じ価格でしたが、価格差を付けることで混雑を平準化するだけではなく、利益をより拡大化しようとしているのです。
しかし、ここまで見てきたように、東京ディズニーリゾートのチケット価格は、海外パークと比べても、まだまだ低い水準に抑えられています。2023年度には、東京ディズニーシーに8つ目となる新しいテーマポート「ファンタジースプリングス」が誕生する予定です。さらなる施設拡大によって、「1日券1万円」という大台も見えてくるのかもしれません。
2023年度の開業を目指して建設が進む、東京ディズニーシー「ファンタジースプリングス」
給料が上がらないから、割高に感じる?
「いくら東京が世界一安いからって、1日1万円近くは高い」
「家族で行くとかなりの負担。もうちょっと安くしてほしい」
SNSやYahoo!ニュースのコメント欄を読んでいると、東京ディズニーリゾートの料金設定について、切実な声が多く寄せられています。では、経済的な指標からチケット価格について、もう少し考えてみることにしましょう。
1983年の東京ディズニーランド開園当時、アトラクション乗り放題の「パスポート」は、大人一人3,900円でした。今から考えると、かなり安く感じますよね。実は同じ1983年当時、アメリカ・カリフォルニアのディズニーランドでは、1日券(大人)の価格は13ドルだったのです*2。当時の為替レートは1ドル約238円*3でしたので、日本円で3,088円になる計算です。
今から40年近く前は、為替レートで比較しても、アメリカと日本のチケット料金はそこまで大きく変わらなかったのです。むしろ、東京の方が高いぐらいでした。しかし、一人当たりの購買力平価GDP(アメリカドル)で比較すると、1983年ではアメリカは日本の約1.3倍でしたが、2020年では約1.5倍とその差は拡大しています。
1983年 一人当たりの購買力平価GDP
- 日本 12,054.51ドル
- アメリカ 15,513.68ドル
2020年 一人当たりの購買力平価GDP
- 日本 42,211.75ドル
- アメリカ 63,358.49ドル
また、消費者物価指数でも比べてみましょう。
1983年当時の日本は80.35、2020年が99.83ですから、40年間で約1.24倍になっています。ほとんど変わっていないと言えるでしょう。それに対してアメリカでは、1983年では99.58だったのが、2020年には258.84に。一気にインフレが進み、モノの値段は40年間で約2.6倍になっているのです。
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1977年以降のディズニーワールドのチケット価格の上がり方がヤバすぎるw。
— Tetsuro Miyatake (@tmiyatake1) 2021年10月17日
賃貸、給与、ガソリンの価格と比較するとより異常な上がり方なのがわかりやすい。
ちなみにこの期間中でのディズニーの株価は150倍成長している。 pic.twitter.com/vqdw5g7P67
一般的に景気が良くなれば、企業の売上が増え、働く人の給料が増え、モノを買う人が増えることで、ゆるやかに物価は上昇していきます。その逆で、不景気になれば、給料が減ってしまうことでモノが売れなくなり、結果的に物価はどんどん下落していきます。これがいわゆる「デフレ」と呼ばれる現象です。
日本では1990年代のバブル崩壊以降、経済的に低迷する時代が長く続いています。経済指標で「景気が良くなった」と発表された時期もありましたが、労働者の賃金はあまり上昇せず、物価もほとんど上がっていません。投資家や一部の富裕層は豊かになりましたが、多くの一般市民はその恩恵を受けられずにいるのです。
令和2年版「厚生労働白書」より引用。1990年代と比較しても、平均給与はほとんど上昇していない。
長く続くデフレによって、企業は製品の価格を上げづらくなっています。値段が上げられないということは、従業員の給料も低いまま。さらには、消費税率の引き上げや、社会保障費の負担増によって、家計はますます苦しくなる一方です。
為替レートで比較すると、確かに東京のチケット価格は、世界一安いかもしれません。しかし、日本人の一般的な感覚からすると、テーマパークの一日券で1万円近く負担すること自体が、かなり厳しくなっているのではないでしょうか。
今後、少子高齢化がさらに進めば、東京ディズニーリゾートは一部の富裕層しか行けない、高級リゾート地になってしまうかもしれません。もしかすると、高齢者ばかりの日本よりも、海外から富裕層がたくさん訪れる場所になってしまう可能性もありますね。
今後の新型コロナウイルスの流行、さらには景気の波を受けて、オリエンタルランドがどのように価格設定をしていくのか。注目していきたいと思います。
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参考資料
参考リンク
*1:1994年に名称を「エプコット」に変更しています。
*2:https://jansworld.net/disney-ticket-historyから参照しています。
*3:1983年の為替レートの年間平均で計算しています。