舞浜新聞

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小説「ガラスの靴は、どこに落ちているの?」前編

この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。

 

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©Disney

 

プロローグ

私の朝は、お湯を沸かすところから始まる。時計は朝の5時を指していた。今日は早朝出勤なので、いつもよりも早く家を出なければいけない。少し慌てながら、朝の支度を進めていく。

 

ちょうどそのとき、隆司も寝室から起きてきた。

 

「おはよう。あれ?隆司さんも、今日は早出なの?」

「あれ?言ってなかったっけ…。NHKと特番の打ち合わせがあるから、今日は早出なんだよ」

「へえ…そうなんだ」

「さくらも早出なの?」

「うん、そうなの。クリスマスのショーの準備がギリギリになっちゃって…。今日も朝からリハなんだ」

「そっかあ…。いろいろと話は聞いてるけど、かなり切羽詰まってる感じなんだね」

 

隆司と言葉を交わしながら、私は朝食をそそくさと作り始めた。我が家の朝食は、決まってパンだ。こんがり焼いたトーストに、目玉焼き、そしてサラダ。食パンはヤマザキの「ロイヤルブレッド」と決まっている。

 

「じゃあ、さくらは今日は遅いの?」

「ううん、朝のリハ見て、そのままお昼過ぎには上がろうと思ってるよ。隆司さんは?」

「俺はちょっと微妙かな…。クリスマスも近いから、帰りは遅くなるかも」

「分かった。じゃあ、もし帰れそうだったら、LINEして。そしたら、ご飯作っておくから」

「いつもごめんな。本当は今日は俺がご飯当番なのに」

「ううん、大丈夫だよ。そのぶんの穴埋めはきちんとしてもらうから」

「おいおい…それはちょっと怖いなあ」

 

私がいじらしく笑うと、隆司は思わず苦笑いした。2人での暮らしが始まって、もうすぐ1年が経とうとしている。掃除、洗濯、そして食事は夫婦で分担している。お互いにそのほうが気が楽だからだ。隆司ができないときは私が、私ができないときは隆司が…。お互いに助け合いながらやっている。

 

朝食を済ませると、私も隆司も、そそくさと出かける準備を始めた。バスの始発は6時9分。早出のときは、2人ともその時間に合わせて出るようにしている。

 

「もう出るけど、大丈夫?」

「うん、私は大丈夫だよ」

 

お互いに声を掛け合いながら、家を出た。10月に入り、少しずつ朝が冷え込むようになっていた。新しく買った秋物のコートを着て、私と隆司は一緒にバス停まで歩いていく。

 

舞浜駅行きのバスは、この時間はまだ人がまばらだ。バスが駅に着くと、私と隆司はそそくさと本社へと歩いていく。さて、今日も一日頑張らなくちゃ。私は心の中でつぶやいた。

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい」

 

A館へと向かう隆司を見送り、私はシーのワードローブビルに向かって歩き始めた。

 

一枚の書類

朝のリハはなんとか終わった。今回のクリスマスのハーバーショーのキーワードは「ゲストの分散化」だ。杉浦部長は「一般のゲストとハードリピーターを分ける!」と熱弁をふるっていたが、私にはあの狭いザンビ前にゲストを集めるのが納得できなかった。

 

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©Disney

 

だから10月に入っても、いまだにショーの形が固まっていなかった。15周年イベントのハーバーショーの段取りも決めなくちゃいけないのに…。私の頭の中は、ぐるぐると回っていた。

 

(気分転換にコーヒーでも飲もう)

 

いつものUCCのコーヒーを入れて席に戻ると、デスクの上に回覧が置いてあった。その紙には、大きな字でこう書かれていた。

 

カリフォルニア ディズニーランド・リゾート 希望研修のお知らせ

 

書類には「ダイヤモンド・セレブレーションでお祝いムードに染まる、アメリカ・カリフォルニアのディズニーランド・リゾートで、キャリアアップしませんか?」という文章も書かれていた。

 

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©Disney

 

(ふ~ん、アナハイムか…。一度は行ってみたいけど、上層部にコネなんてないしなあ…)

 

私がそんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。

 

「あれ?さくらちゃん、アナハイム行きたいの?」

 

私の宿敵、ショー開発部の杉浦部長だ。今朝もひと悶着あったのに、ケロッとした表情をしている。だから余計にムカつくのだ。

 

「いえ、回覧で回ってきたので、ちょっと読んでただけです。それに研修日程が『12月23日~12月27日まで』って、おもいっきりクリスマスと重なってるじゃないですか。最初から無理ですよ」

「ほおう、そうか…。それならいいんだが」

 

ふー、まったく杉浦部長と話すときは疲れる。ゲストのニーズも分かっているし、元ダンサーという経歴もあってか、ショーの演出はずば抜けてうまい。社内でも一目置かれる存在だ。でも、やっぱり苦手意識は克服できない。

 

私は「希望研修のお知らせ」の上についていたチェック表に自分のハンコを押すと、すぐ隣の高柳さんのデスクの上に置いておいた。さて、今日は早く帰ろう。隆司も遅いみたいだし、今日は帰って英語の勉強もしなくちゃ。私は気持ちを切り替えて、パソコンへと向かった。

 

シェフハットでの出会い

(う~ん…どうも行き詰まっちゃったなあ…。ご飯でも食べて来よう)

 

パソコンに向かって、新しいショーの企画を考えていたが、どうもうまくいかない。行き詰まったときには休憩だ。私は食事へと向かうことにした。

 

私がシェフハットで遅めの昼食を食べていると、向こうから白髪交じりの男性が歩いてきた。トレーには大盛りのカツカレーが乗っていた。

 

(ふふふ…あの人、見た目の割に、よく食べる人なのかも)

 

そんな風に思っていたら、その男性は私の座っているテーブルへだんだん近づいてきた。私の目の前で止まる男性。思わず顔を見つめる。

 

(え…どうしよう。変な風に思われちゃったかなあ…?)

 

心の中で一人焦っていると、その男性が話しかけてきた。

 

「あの…すみません、もしかして清宮さくらさんですか?」

「あっ、はい。そうです、私がショー開発部の清宮ですが」

「ああ、良かった。やっと会えましたね。隣に座ってもよろしいですか?」

「はい、どうぞ…」

 

(あれ?この人、私のことを知ってる?誰だろう?セキュリティの岡崎さんに似てるけど、どうも様子が違うし…。どうしよう、もし私が忘れてるだけだったら)

 

心の中でいろいろと考えていると、またその男性が口を開いた。

 

「いやあ、突然すいません。私は運営の橋下と言います。オフィスに行ったらここにいると聞いたもんですから」

「そうだったんですか…。一本、電話でもいただければ、私から伺ったのに…」

「いえいえ、年寄りの変な思い付きですから。気にしないでください。さあ、ちょっとご飯でも食べながら、お話ししましょう」

 

「橋下」という男性は、そう言うとカツカレーを口にかきこみ始めた。穏やかな口調とは正反対で、食べる姿はとにかく豪快だ。

 

「実は折り入って、清宮さんにお願いがありまして」

「お願い…ですか?」

「そうなんです。今日、アナハイムへの希望研修の紙が回覧されませんでしたか?」

「ええ、回ってきました。それがどうしたんですか?」

「もし可能であればなんですが…清宮さん、アナハイムに行ってみたいと思いませんか?」

「え!?私がですか?」

 

思わず声が裏返ってしまった。アナハイムと言えば、世界で初めて造られたディズニーランドがある。ディズニーのショー製作に携わる人間としては、一度は行ってみたい、憧れの場所だ。でも、新婚生活を考えると、とてもじゃないが渡航費用は出せない。それに、希望研修もクリスマスの真っ只中だった。

 

「行ってみたいとは思うんですが…お金がないんですよ」

「希望研修なら、飛行機代やホテル代、それに現地の食事代もすべて会社が出しますよ」

「でも、クリスマスの真っ只中ですし」

「仕事なら、年末年始のほうが忙しいじゃないですか。大丈夫ですよ」

「ええ…まあ…そうですけど…」

 

「じゃあ、いい返事待ってますから!」

 

橋下さんはそう言うと、空っぽになった食器とトレーを持って、そのままどこかへ行ってしまった。私の手には希望研修のお知らせの紙が握られていた。

 

アナハイム行きのチケット

「え!?橋下さんに会ったの?」

「隆司さん、知ってるの?」

 

思ったよりも隆司の打ち合わせが早く終わり、私と隆司の2人は、一緒に晩御飯を食べていた。ちょうど、今日シェフハットであった出来事を話していたときだ。

 

「知ってるも何も、橋下さんは橋下宏一専務だよ!さくら、知らなかったの?」

「え!?橋下さんって、専務だったの!」

「そっか…さくらは役員と顔を会わせることが少ないもんね…。それで、橋下さんに直々にアナハイムに誘われたの?」

「そうなんだ…でも、クリスマスの一番忙しい時期に、5日間も休みを取るなんて。ちょっと気が引けちゃって」

「でも、前から『アナハイム行ってみたい』って、言ってたじゃないか。せっかくのいい機会だし、応募してみてもいいと俺は思うけど」

「そうかなあ…」

 

内心はすごくうれしかった。憧れのアナハイムに行けるかもしれない。それだけでうれしかった。でも、これは仕事だ。旅行ではない。それに、どうして私が橋下さんに声をかけられたんだろう。それが気になって仕方がなかった。

 

最終面接

その日、私は社長室に呼ばれていた。アナハイム希望研修の最終面接に臨むためだった。アナハイムに行けるのは5人だけ。社長室の前には、私を入れて10人が並んでいた。このうち半分は落ちる。かなりの難関だ。

 

「失礼します!」

 

私が社長室に入ると、そこには能登社長、添田副社長に加えて、橋下専務も座っていた。橋下さんは私を見るなり、ニコニコ笑っていた。ちょっと怖かった。

 

私がいすに腰掛けると、能登社長が口を開いた。

 

「橋下専務から君のことは聞いたよ。それに、直属の杉浦くんからも。勤務態度はまじめ、まったく問題はないね。ただ、引っかかることと言えば…」

「何か、問題がありますでしょうか」

「旦那さんもうちで働いている、ということかな…。旦那さんはアナハイム行きについて、どう言っているのかな」

「ウチの夫からは『せっかくの機会を大切にしなさい』と言われています。もし逆の立場なら、私は夫の背中を押していますから」

 

私は緊張を押し殺して、言葉を絞り出した。それを見た添田副社長は、静かにうなずいていた。

 

「そうですか。分かりました。清宮さん、あなたに研修生の内定を出そうと思います。くれぐれも、旦那さんには、うらやましがられないようにしてくださいね」

 

能登社長が少し笑いながら言うと、私も思わず苦笑いをしてしまった。やった!ついにアナハイムへ行ける。本場のディズニーランドを、この目で見ることができる。感情を押さえながら、お礼の言葉を述べると、私は社長室を後にした。

 

(最終面接、内定もらったよ!アナハイム行き、決まりました!)

 

私がミッキーマウスのスタンプ付きでLINEを送ると、今日は非番の隆司からすぐに返信が帰ってきた。

 

(おめでとう!でも、これからが大変だよ!がんばってね!)

 

LINEにはドナルドダックが親指を立てているスタンプが付けられていた。さて、隆司が言う通り、ここからが大変だ。行く前には事前研修もある。私は高ぶる気持ちを押さえながら、自分のオフィスへと歩いていった。

 

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©Disney

 

「橋下くん、これで良かったのか?」

「ええ、ありがとうございます。こうでもしなければ、彼女をアナハイムまで連れていけませんから」

「でも、彼女に本当のことは伝えなくていいのか?だって、彼女は自分の母親が死んだと思っているんだろう?」

「それは彼女の父親に確認したので、間違いないですね。でも、このままだと将来有望な芽まで摘まれてしまうことになる…。それは嫌だったんです」

「そうか…。自分の母親が生きていることを知ったら、彼女はどんな表情をするのかね…」

 

能登は社長室の窓から、遠くの空を眺めていた。季節はもうすぐ冬を迎えようとしていた。橋下専務の手には「Ririko Sakuma」と書かれた書類が握られていた。

 

この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。

 

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