舞浜新聞

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東京ディズニーリゾート「年間パスポート廃止」は何をもたらすのか

2021年3月23日、舞浜新聞は誕生から8周年を迎えました。これもひとえに、日頃から愛読してくださる、読者の皆様のおかげだと思っています。本当にありがとうございます。

 

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新型コロナウイルスの流行は拡大しており、東京ディズニーリゾートをめぐる状況は日々変化しています。首都圏に出されていた緊急事態宣言は解除されましたが、入園者数の制限や時短営業は今も継続中。舞浜新聞ではTwitterなどのSNSでも、読者の皆さんにとって有益な情報をお伝えしていきます。

 

さて、今回のテーマは「年間パスポート」1年間自由に入園できるパークチケットです。コロナ禍によって、東京ディズニーリゾートでは年パスの販売を一時的に休止しています。今回は「年パス廃止」がどんな影響をもたらすのか、これまでの歴史を含めて考えていきたいと思います。

 

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目次

 

コロナ禍で「年パス廃止」

中国から始まった新型コロナウイルス(COVID-19)の流行は、世界的に拡大を続け、日本でも多くの死者が出ています。コメディアンの志村けんさんや、女優の岡江久美子さんが亡くなったのは、記憶に新しいですね。世界的な感染症の流行で、東京ディズニーリゾートをはじめとするディズニーパークも、大きな影響を受けました。

 

東京ディズニーリゾートでは、2020年2月~6月まで、4か月間にもわたる臨時休園を余儀なくされました。その後7月から営業を再開しましたが、ゲストが密集しないよう入園者数を制限するために、年間パスポートや日付指定のないオープン券は自由に使えなくなってしまったのです。

 

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オリエンタルランドは臨時休園の発表当初、年間パスポートへの対応について「有効期間の延長もしくは払い戻し」としていました。この時点ではまだ、年パスの復活に含みを持たせていたのです。2020年8月からは、年間パスポート保有者向けの救済措置として、抽選による入園制度がスタート。これは1か月に一度、5つまで希望日を選んで申し込み、当選した日は追加負担なく入園できる、というものでした。

 

しかし、その後オリエンタルランドは10月に「有効期間に応じて、一律払い戻し」とすることを発表。有効期間の延長は行わず、年パスを事実上「廃止」することを決めたのです。対象となるのは、有効期限が2020年2月29日以降の年間パスポート保有者、もしくは引換券購入者で、2月29日以降の残りの有効期間に応じた払い戻しに。抽選による救済措置も2020年12月末で終了となり、年パスはただの「プラスチックカード」になってしまいました。

 

10月の払い戻しの発表当初は「2021年3月末をめどに今後の対応を発表」としていましたが、その後、文章は削除に。公式のQ&Aでは「年間パスポートの仕組みそのものが終了するか、再開するかを含めて未定ですが、当面、年間パスポートの販売再開の予定はございません」としています。

 

www.nikkei.com

 

20年以上前から議論されてきた「年パス廃止論」

東京ディズニーランドで、一年間有効の「年間パスポート」が発売されたのは、開園5周年を迎えた1988年からでした。当時は5周年イベント期間中(1988年4月~1989年4月)のみ有効、1万枚限定で25,000円(大人・中人・小人共通)という価格設定でした。

 

 

その後、通年での販売が始まり「購入日から1年間有効」という制度に変わりました。東京ディズニーシーでも年間パスポートの販売が始まったのは、2003年7月から。ランド・シーどちらも入園できる「2パーク共通」の販売も始まり、多くのゲストが買い求めたのです。

 

365日間、自由に入園できる年間パスポート。いわばディズニーパークの「サブスクリプション(サブスク)」ともいえるサービスでしょう。しかし、実は20年以上も前から「年パス廃止論」が議論されてきたことを、ご存知でしょうか。

 

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パレードのフロートが停止する場所には、いつも同じ常連ゲストがいる。キャッスルショーの鑑賞エリアは、最前列がいつも埋まっている。常連同士で席の交換は当たり前。レストランやショップでお金を使うこともなく、近所の公園感覚でやって来る…。

 

あくまでも一部の年パスユーザーだと思うのですが、悪徳ゲストの振る舞いで、数年に一度しか来園しないゲストや、年に数回来園するライト層の体験価値が低下していたのは事実でしょう。しかし、オリエンタルランドにとって、年間パスポートは入園者数の維持に必要不可欠な道具でした。特に大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンの開業以降は「日本一の入園者数」という言葉に、強いこだわりを持っていたと思います。

 

また、オリエンタルランドにとって、まとまった現金収入が入ることも、年パス制度の大きな魅力でした。年間のうち100回以上来園するゲストもいれば、月に一度、場合によっては年に数回しか来られずに、元が取れないゲストもいるでしょう。そんな人たちから一律にお金を集めれば、十分な利益を確保できるはずです。長年ファンの間では「年パス廃止論」が話題になりましたが、結局実現することはありませんでした。

 

年間3,000万人台を突破、そして…

しかし、2011年の東日本大震災、そして2013年の東京ディズニーリゾート30周年イベントの頃から、状況が少しずつ変わっていきます。

 

現実を忘れさせてくれる、パークの「非日常」に対するニーズの増加。さらにはSNSの普及によって「映える写真が撮りたい」「いいね!と言ってもらいたい」といった、承認欲求を満たすためのゲストの増加。加えて、90年代のパーク黄金期を子どもとして過ごした世代が、親になって家族連れで来園するなど、年々混雑が激しくなっていったのです。

 

イースターに代表される「歳時記イベント」の導入や、1月~3月の閑散期のテコ入れ、平日・休日の混雑平準化も、さらなる混雑に拍車をかけました。SNSによって「何曜日が空いている」「いつなら狙い目」といった、個人の経験則が人々の間で共有化されるようになったのも、大きかったと思います。

 

それまではランド・シー合わせて、年間2,500万人台で頭打ちを続けていた入園者数は、2013年度に大台の3,000万人を突破。オリエンタルランドが混雑を理由に、ファンタジーランドの再開発計画を見直すぐらい、想定外の伸び率だったのです。入園制限中には多くのゲストが密集して、アトラクションやショップは大混雑。エリアによっては身動きが取れない状態になるくらいでした。

 

2016年の東洋経済の記事。パークの入園者数増加で、開発計画が見直されたことを報じている。

toyokeizai.net

 

事実、年間パスポートの保有者も増加を続けました。2009年4月には約72,000人だった保有者が、2018年2月には約10万人に、2020年3月末では117,000人にも上っていたのです*1

www.nikkei.com

 

年々激しくなっていく混雑もあり、民間機関が調査する顧客満足度ランキングでは、東京ディズニーリゾートは順位を大きく下げていきました。この状況を打開するため、オリエンタルランドは年パスの制度変更を行います。

 

2018年3月、オリエンタルランドは年間パスポートの価格引き下げと制度変更を発表しました。ランド・シーの2パーク共通パスで4,000円、1パーク単独パスで2,000円の値下げとする代わりに、「入園制限中には使用不可」「混雑予想日は使用不可」という条件を加えたのです。

 

それまでは、ランド・シーそれぞれ単独の年パスは、混雑で入園制限がかかっても入園することができました*2。しかし、制度変更によって、入園制限中は使用不可に。さらには、お盆や祝日、年末年始、春休みといった混雑が予想される日は「使用不可日」に指定され、混雑状況に関係なく、終日使うことはできなくなったのです。

 

この制度変更は、新規発行分の年パスに適用され、すべての年パスが対象に切り替わったのは、2019年9月以降でした。年パス使用不可日は、周辺のホテル宿泊者と通常のパークチケット保有者のみ入園できることから、SNSでは「ショーが空いてる」「グリーティングの待ち時間が短い」といった報告が目立ちました。

 

あくまでも個人的な推測ですが、オリエンタルランドは2020年4月の東京ディズニーランド大規模開発エリアのオープン、さらには夏の東京五輪・パラリンピック大会に向けて、年パスによる入園者数を減らしていきたいと考えていたと思われます。地方からのゲストや外国人ゲストのほうが、年パス保有者のようなハードリピーターに比べて、パークで使う金額がケタ違いに大きいからです。

 

ただ、入園者数の維持やSNSでのマーケティングを考えると、年パス廃止までは考えていなかったと思います。事実、2019年5月から稼働を開始した、東京ディズニーランドの新型入園ゲートには、年パス用の顔認証システムが導入されていました。一部では「ディズニーシーでも、エントランス工事に合わせて、年パス用の顔認証システムが導入される」という噂もあったぐらいだったのです。

 

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2019年5月に稼働を開始した、東京ディズニーランドの新型入園ゲート。顔認証システムの導入により、キャストによる顔写真の目視確認がなくなった。

 

使用不可日を導入して、混雑の緩和を図る。平日限定の年パスや、使用不可日がない高グレードの年パスを発売して、値上げをする。そんな選択肢もあったかもしれません。

 

しかし、新型コロナウイルスの世界的な流行で、状況は一気に変わってしまいました。

 

年パスの入園を認めれば、客単価が下がるのは必至。事前にどれぐらいのゲストが入園するのか、予測が立てづらい。それなら年パスの使用を制限して、そのぶん1日券を販売したほうが収益は伸びる。企業としては当然の判断でした。20年以上にわたって販売されてきた年間パスポートは、コロナ禍によって一旦は幕を閉じることとなったのです。

 

年パスはそれほど「悪」なのか?

「年間パスポート保有者は、園内混雑の原因」オリエンタルランドの近年の経営姿勢を見ていると、どうしてもそのような考えが感じられます。果たして、そこまで年パスは「悪」なのでしょうか。

 

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本来、年間パスポートは何度も来園してもらうことで、ショップでグッズを購入してもらったり、レストランで食事をしてもらったりして、より多くのお金を使ってもらうためのものです。また、口コミを広げたり、家族や友人と一緒に来園してもらうことで、より多くのファンを増やしたりする効果を狙って導入しています。

 

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは、東京ディズニーリゾートと比べて年間パスの価格を抑えて、学生でも買いやすい値段に設定しています。その代わりに、レストランの価格設定を高めにするなど、客単価を引き上げる取り組みが目立っています。

 

事実、海外のディズニーパークでは、ショップやレストランでの割引に加えて、ホテルの宿泊料金の割引、パークチケットの優待販売、駐車料金の割引、ショーの優先鑑賞エリア、年パス保有者限定のプログラムなど、サービスが充実しています。年パス保有者は「お得意様」として、優遇されているのです。

 

一方の東京ディズニーリゾートではどうでしょうか。以前は購入時にプレゼントがもらえましたが、今では廃止に。グッズの割引は不正転売の助長につながることから、未だに導入せず。優待パスや限定グッズの販売もありましたが、いずれも限定的でした。海外のパークと比べると、どうしてもサービスに見劣りするかもしれません。

 

しかし、これはオリエンタルランドがわざわざ優遇しなくても、年パスに対する需要が高いことの裏返しでしょう。SNSを見ていると、年パス保有者で常に情報発信を続けるアカウントがたくさん見つかります。そんな人たちにとって、365日自由に入園できる年間パスポートは、まさに必須のアイテムと言えるはずです。

 

2014年と2015年に行われたオリエンタルランドの株主総会で、株主から経営陣に対して、年間パスポート保有者の客単価に関する質問が出されました。これに対して「具体的な数字は集めていない」「パークでの聞き取り調査などを通じて、ほかのゲストと合わせて調べている」という回答がありました。

 

2015年の株主総会については、こちらをどうぞ。

maihama.hateblo.jp

 

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは、ショップやレストランでの会計時に「年間パスはお持ちですか?」と聞かれます。もし運が良ければ、レジでクーポン券が発行されるのですが、実はこれ年パス保有者の消費金額(客単価)のデータを集めるためなのです。USJには、クレジットカード一体型の年パスもあるのですが、こちらも同様の仕組みだと考えられます。

 

 

オリエンタルランドが本当に、年パス保有者の客単価を調べたいと思えば、会計時に年パスの提示を求めればよいはず。QRコードを読み取って、データサーバと通信する仕組みは、すでにファストパスやショー抽選で導入済み。実現はそれほど難しくはないはずです。しかし、それをやろうとしないということは、オリエンタルランドは「年パス保有者の客単価は低い」と考えているからかもしれないのです。

 

仮に数字を出していたとしても、社内の機密情報で表には出さないはず。しかし、株主総会で「具体的な数字は集めていない」という回答をしているということは、調査すらしていない可能性も…。

 

ただ年パス保有者といっても、グッズをたくさん購入したり、ディズニーホテルに何度も宿泊したりしているゲストもいるはずです。コンビニのおにぎりを買って、ショーの地蔵をしているゲストばかりが目立ちますが、「年パス=悪」と決めつけるのはマーケティングとしては引っ掛かりますね。

 

年パス廃止がもたらしたもの、そして「復活」はあるか?

2021年1月以降、パークに入園できるのは、日付指定のあるパークチケット、オープン券(入園当選者のみ)のいずれかを持っているか、周辺ホテルの宿泊者に限られています。新型コロナウイルスの流行が拡大し、入園者数をさらに絞ったため、閑散としたパークの風景がSNSでも話題になりました。

 

年間パスポートの事実上の廃止によって、ハードリピーターはある程度、排除されたと言っていいでしょう。入園者数のコントロールも容易になりました。その一方で、1日券を何度も購入して、以前と同じペースで入園している猛者がいることも事実です。しかし、混雑の原因になるほど多いわけではなく、むしろ客単価の向上に貢献しています。会社としては望ましいゲストと考えているかもしれません。

 

「気軽に行けない」「ミッキーに会えなくて寂しい」そんな声も聞こえます。しかし、コロナ禍で売り上げが激減したオリエンタルランドにとって、ハードリピーターを引き寄せる年パスの復活は、当分の間は選択肢にないと思います。ワクチン接種が進み、季節性インフルエンザと同じぐらいの感染症として扱われるようになるまでは、1日券やホテル宿泊者向けの販売に絞り、確実な売り上げを狙っていくはずです。

 

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建設工事が進む、東京ディズニーシーの新エリア「ファンタジースプリングス」

 

ただ、事前予約制度の導入や、公式ファンクラブ「ファンダフル・ディズニー」会員向けのチケット割引、上海ディズニーランドのような「ハーフイヤーパス」「シーズナルパス」の販売*3、5回・10回分といった回数券制度の導入など、客単価を下げずに、ハードリピーターの満足度を上げる仕組みは考えられます。

 

コロナ禍がきっかけで始まった「エントリー受付」「スタンバイパス」は、今後予想される混雑を考えると、廃止されることはないでしょう。もちろん、ゲストの機会平等のために、ショーの抽選制度も存続するはず。そうなると、確実に体験できる「バケーションパッケージ」の需要はさらに高まるでしょう。オリエンタルランドにとっては、低いコストで高い利益をもたらせるバケパの販売に、力が入っていくと思われます。

 

客単価の引き上げを目指して、女の子が様々なプリンセスに変身できる「ビビディ・バビディ・ブティック」のような高価格サービスや、限定ランドセルといった高付加価値グッズの販売促進が考えられるでしょう。

 

さらには、国内の富裕層向けに、ディズニーホテルのスイートルーム宿泊者向けに提供している「プライベートVIPツアー」の強化も考えられますね。コロナ禍で激減した売り上げを、年パスを排除したパークでどのように回復させるのか。オリエンタルランドの経営手腕に注目していきたいと思います。

 

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maihama.hateblo.jp


参考資料

www.nikkei.com

*1:オリエンタルランドは、年間パスポートの発行数・保有者数は公式に発表していません。しかし、日経MJ(2009年4月27日)の報道では約72,000人、日本経済新聞(2018年2月16日)の報道では約10万人、日経MJ(2020年10月9日)の報道では117,000人(2020年3月末時点)とされています。

*2:2パーク共通パスは、入園制限中は使用できませんでした。

*3:東京ディズニーランドでは、1998年の15周年イベントのときに「フォーシーズンパスポート」を販売しました。これは、一年間を4つの期間に分けて、それぞれ1回ずつ入園できるというもの。4回分で15,000円でした。