舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



「colos EXPO 2018」模造紙展示&配布物まとめ

6月9日に東京の大田区産業プラザPiOで、ディズニーのファンメイドイベント「colos EXPO 2018」が開催されました。

 

 

サブタイトルの「すべての“好き”をつなぐ、究極のファンイベント」が表すように、ディズニーを愛する方たちが、自分の思いを表現する素晴らしいイベントになりました。舞浜新聞では所用のため、直接は参加できなかったのですが、世界のディズニーパークとリゾートで進む開発プロジェクトについて、模造紙にまとめたものを展示させていただきました。

 

colos EXPO 2018 舞浜新聞が深掘り!世界のディズニーパーク&リゾートで進む開発プロジェクト.pdf - Google ドライブ

 

また、イベントでは、舞浜新聞の自己紹介と、書き下ろし小説を配布させていただきました。ここに全文を載せておきます。

 

colos EXPO 2018 ご来場の皆様へ

本日は「colos EXPO 2018」展示ブースにご来場いただき、誠にありがとうございます。はてなブログ「舞浜新聞」を運営しています、みずきと申します。

 

 

すべてのディズニーファンが集うイベントに際し、「舞浜新聞?聞いたことがないな…」という皆さまのために、少し自己紹介をしたいと思います。

 

私は母親がディズニーの熱烈なファンだった影響もあり、物心のついたころから、ディズニーの絵本や映画に親しみながら育ちました。ミッキーマウス好きは、そのときから始まっています。

 

東京ディズニーランドとの出会いは、今からさかのぼること25年前、1993年の開園10周年イベントでした。私はこのとき初めて、ミッキーやディズニーのキャラクターたちが、現実に存在する世界を味わうことになったのです。当時、シンデレラ城前で公演されていたキャッスルショー「イッツ・マジカル!」は、のちの人生に大きな影響を与えるほど、本当に衝撃的でした。

 

当時の私は地方に住んでいたため、一年に一度、舞浜への家族旅行がとても楽しみでした。1998年の開園15周年イベントや、スカイウェイから眺めた「トゥーンタウン」の建設工事の様子も、つい最近のことのように思い出されます。ディズニーギャラリーで、当時建設中だった東京ディズニーシーの模型を見て、これからの未来を楽しみにしていたものです。

 

イクスピアリ、ディズニーアンバサダーホテル、ディズニーリゾートライン、そして東京ディズニーシーとホテルミラコスタ…。かつては野原が広がっていた舞浜地区は、すっかりアーバンリゾートとなり、いつしか「東京ディズニーリゾート」という名前も、一般に浸透するようになりました。

 

私が家庭の事情もあって、舞浜の近くに引っ越したのは、2008年のことでした。この年、初めてランドのアニバーサリーイベントを、リゾート全体でお祝いするようになりました。ただ、このときから「あれ?昔のパークと違うぞ…」という違和感を覚えていたのは、事実です。その違和感が確信に変わったのが、2013年の30周年イベントでした。

 

エンターテイメント・プログラムの削減、ショップやレストランの効率化、グッズ販売重視、バケーション・パッケージのゲスト優遇…。ここまで露骨な商業主義を感じたのは、初めてのことでした。

 

そんなアニバーサリーイベントを目の当たりにして、絶望的な気持ちを多くの方と共有したいという思いから始めたのが、はてなブログ「舞浜新聞」でした。おかげさまで、スタートから5年が経ち、多くの方に愛読していただいています。舞浜新聞では、これからも変わりゆく舞浜の姿を見つめ、「良いものは良い」「ダメなものはダメ」というスタンスで、皆さまにディズニーの魅力をお伝えしていきます。

 

オリジナル短編小説「30年後の未来なんて、誰にも分からない」

あれは確か、先週の月曜日だったはず。

 

成城石井で見切り品のお惣菜を買って、舞浜駅で帰りのバスを待っていたときのことだった。

 

スマートフォンが、メールが届いたことを知らせてくれた。家族や大学時代の友人なら、LINEで連絡を寄こしてくる。いつもなら「どうせ迷惑メールでしょ」と思ってほっとくのだけど、そのときの私は、たまたまメールを開くことにした。

 

相手は知らないアドレスだった。

 

株式会社オリエンタルワールド

マーケティング部 海外グループ

立花 美月さま

 

初めてメールをお送りいたします。

慶應義塾大学経済学部経済学科の山科紅葉と申します。

本日は、大学のキャリアセンターで立花様のことを知り、OG訪問のお願いでご連絡を差し上げました。

 

(へえ…OG訪問の依頼か…。もうそんな時期なんだ。ってことは、山科さんは大学3年生ってことかな)

 

私は成城石井の買い物袋を抱えながら、スマホの画面をスクロールしていった。

 

普段の私だったら、飲み会なんかに誘われても、絶対に行くことはない。だけど、大学のかわいい後輩からのお願いだったら、話は別だ。

 

(山科さんって、どんな子なんだろう?もしかして、サークルとか同じだったのかな?)

 

私はバスに乗り込むと、膝の上に荷物を置いて、メールの返事を打ち始めた。

 

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「初めまして。慶応義塾大学の山科紅葉と申します。本日は貴重な時間をいただき…」

「まあまあ、そんな固くならないで。同じ大学なんだし、気軽にいろいろ聞いてよ」

 

昼下がりで、人がまばらなシェフハットのテーブルに、私と山科さんは向かい合っていた。

 

山科さんは、いかにも買ったばかりという、フレッシュなリクルートスーツを身にまとっていた。なんだか数年前の自分を見ているようだ。

 

山科さんからは、大学生らしい、いろいろな質問が飛んだ。私がやっている仕事の内容、大変なことや苦労していること、福利厚生、女性が働きやすい職場かどうか、そして離職率についても…。

 

普段は同じ会社の人間か、取引先の人としか話さない自分にとって、大学の後輩とおしゃべりするのは、本当に貴重な経験だった。
 

それは、話始めて1時間ほど経ったころだった。

 

「長時間ありがとうございます。最後にお聞きしたいのですが…。オリエンタルワールドは、立花さんにとって理想の会社でしょうか?」

「おお!難しい質問だね!」

 

思わぬ変化球が飛んできて、内心かなり焦っていた。私は言葉を選びながら話し始めた。

 

「うちの会社はディズニーランドの会社っていうイメージが強いけど、会社ができてだいぶたつから、組織が官僚的なところもあると思うよ。上司の顔色を伺ったり、自分の思い通りにいかないこともあるし」

「それに、ディズニーから権利を借りてやってる会社だから、ディズニーに『もうお前なんていらない』って言われたら、間違いなく潰れちゃうしね。だけど、私は今の仕事が楽しいかな。向き不向きは、どの会社でもあると思うよ」

 

山科さんは、私の瞳を見つめながら、じっと話を聞いていた。30年後の未来なんて分からない。私は、今できることをやるだけだ。

 

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