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舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



小説「ガラスの靴は、どこに落ちているの?」後編

小説

前編はこちらから

 

この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。

 

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©Disney

 

プロローグ

私はグランド・カリフォルニアンの部屋にいた。一人イスに座って、外の景色を眺めていた。パークは多くのゲストで賑わっていた。どの人も、とても楽しそうだ。でも、私は楽しい気分になれない。

 

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©Disney

 

私の父と母は、幼い頃に離婚した。物心つく前で、私は母の記憶がほとんどない。我が家の写真は、祖父母や父と一緒に写った写真しかない。母との思い出は一切ない。

 

母はその後、交通事故で亡くなったと聞かされた。幼い私でも、家で母の話題に触れてはいけないことぐらい、分かっていた。だけど、一度だけ父に聞いたことがある。

 

「どうしてうちにはお母さんがいないの?」

 

そのとき、父はとても寂しそうな表情をしていた。私はそれ以来、絶対に母の話題は出してはいけないと、心に誓った。

 

母は死んだ。そう思っていた。けど、つい1時間ほど前、私の目の前に、私の母だと名乗る人物が現れた。信じられなかった。母は死んだはず。でも、遺伝子というものは恐ろしい。目や鼻の形、そして背格好まで、私とそっくりだった。もう、これは仕組まれた罠だとさえ思ったくらいだ。

 

私はテーブルに突っ伏した。自然と涙があふれてきた。本当なら、感動の親子の再会だったはずなのに。私はその場から逃げてしまった。これからどうしよう…。私の頭の中は、ぐるぐると回っていた。

 

日本航空62便

「それじゃあ、行ってらっしゃい。体調には気を付けてね」

「ありがとう…。隆司さんも仕事、頑張ってね」

 

12月23日、私は成田空港にいた。いよいよ研修のために、アナハイムへ旅立つ。本当は見送りなんて恥ずかしかったのだが、隆司は「どうしても行くよ!」と言って、仕事を抜け出して検査場の前まで来てくれた。

 

保安検査へと向かう私を、静かに見守る隆司。私は振り返って、手を振った。隆司も控えめに手を振り返してくれる。もし隆司が背中を押してくれなかったら、私はこうやって機上の人にはなれなかったかもしれない。いつもそうだけど、私にとって隆司はかけがえのない存在だと思う。

 

保安検査と出国審査を終えると、私は搭乗口へと向かった。搭乗口への階段を下りていくと、橋下専務がいすに座っているのが、遠くから分かった。だって、まるでマフィアみたいな服装をしていたからだ。

 

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「橋下さん、お疲れさまです」

「おお!清宮さん、お疲れさまです。よく私がここにいるって分かりましたね」

「それは分かりますよ。だって素敵な格好をされていたので」

「いやあ、清宮さんに言われると、なんだか照れるなあ…」

 

橋下専務はちょうど政治家の麻生さんのようないでたちだった。まあ、似合っているからいいか。

 

私と橋下さんがおしゃべりをしていると、ほかの研修生も続々と集まってきた。

 

今回は私以外に4人の研修生、そして現地の世話役・指導役として橋下専務がアナハイムへ向かう。

 

経営戦略部の添田明彦さん。あの添田副社長の息子さんだ。添田さんを若くした顔つきで、思わず笑ってしまう。

 

キャストディベロップメント部の高田悠子さん。私と同期入社だが、あまり親しいというわけではない。クールで仕事ができる感じ。

 

広報部の岡崎匡志さん。隆司の2年後輩にあたる。隆司がかわいがっている部下だそうだ。私のアナハイム行きも喜んでいたが、それ以上に岡崎さんの合格も嬉しかったらしい。

 

マーケティング戦略室の板岡晴香さん。SNSの活用で社内でも一目置かれている。ジェラトーニのSNSマーケティングは、ほぼ彼女の発案と言ってもいい。

 

そして、ショー開発部の私、清宮さくら。こうやってみると、ウチの精鋭ばかりが集まっている。もちろん、私を除いてだけど。

 

日本航空62便、成田発ロサンゼルス行き。今回私たちがお世話になる飛行機だ。搭乗口には案内放送が流れ、たくさんの客が列を作り始める。今回は人生で初めて「ビジネスクラス」に搭乗する。おそらく、私の人生で最初で最後のビジネスクラスになるだろう。

 

「さて、全員そろったことだし、そろそろ行きましょうか」

 

橋下専務が声をかけると、私たちは一緒に搭乗口へと向かった。さて、ここからだ。アナハイムではどんなことが待っているのだろう。胸のドキドキを押さえながら、私は搭乗券のバーコードをゲートにかざした。

 

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怒涛の5日間

ロサンゼルスに到着したのは、23日のお昼前だった。23日の夕方に出発したのに、23日の午前中に着く。なんだか不思議な気持ちがする。

 

さて、ここからが怒涛の5日間の始まりだ。初日は空港からホテルに直行。今回泊まるのはカリフォルニア・アドベンチャーのパークに隣接している「ディズニー・グランド・カリフォルニアン・ホテル&スパ」3つあるディズニーの直営ホテルの中でも、一番高級なホテルだ。

 

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©Disney

 

これは後から聞いた話なのだが、能登社長は今回の研修について「会社の代表で行くんだから、ケチケチするな。ビジネスクラスでも、最高級ホテルでも、どんどん経費を使ってくれ」と橋下専務に言っていたらしい。

 

カリフォルニアンに荷物を預けたら、昼食を済ませて、その足でパークへ。現地のディズニー社の方の案内で、ディズニーランドとカリフォルニア・アドベンチャーのパーク内を案内してもらう。バックステージに60周年イベントのコスチュームを着たミッキーとミニーがいたのには驚いたけど…。

 

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©Disney

 

「いやあ…ミッキーとミニー、かわいいっすねえ」

「ホントだね。でも、やっぱり東京と微妙に動きが違うね」

「え?そうっすか…。俺には同じようにしか見えないんですけど」

「岡崎君も、そのうち分かるようになるよ。私なんて、いっつもミッキーとミニーに演技指導してるから」

 

広報の岡崎君は、ミッキーとミニーに目を輝かせていた。まるで少年のような顔つきだった。純粋に感動している様子から、彼が隆司にかわいがられている理由も、少しずつ分かってきた。

 

マーケティングの板岡さんは、一生懸命に話を聞きながらメモを取っていた。手帳には「ミキミニWグリ Dホテルでやってもいいかも」「Twitterで宣伝できない?」「写真のシェアを活用」なんて走り書きしていた。また新しいアイディアでも思いついたのかもしれない。

 

その日は夜まで、オンステージ・バックステージをくまなく見せてもらった。夜は「ファンタズミック!」と「ディズニーランド・フォーエバー」を専用エリアで鑑賞することに。話には聞いていたが、アメリカの本気を見せつけられた感じだった。東京ではおそらく制約があって、同じようなものはできない。でも、それでもアメリカに負けないものを作りたい。花火の大きな音が響く中、私は心の中でそんなことを考えていた。

 

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©Disney

 

深夜に研修生と橋下専務が集まって、ロビーでミーティングをすることになった。みんなの顔には長時間のフライトと時差ボケ、そしてガイドツアーの疲れが出ていた。橋下さんは一人元気で、一人ずつに感想を聞いて回っていた。私の番になった。

 

「清宮さんは、今日一日を振り返って、どうでしたか?」

「そうですね…。初日の感想ですが、私は今まで『井の中の蛙』だったことを思い知りました。私はディズニー社の方とお話をする機会があるのですが、それでディズニーのショーを知ったつもりになっていました。ですが、今日のショーやパレードを見せていただいて、やっぱりまだまだだな…って思ったんです」

「なるほど…では、アメリカのほうが東京よりも優れている、というわけですか?」

 

先ほどまでの穏やかな表情が消え、橋下専務の表情が急にこわばった。あれ?どうしたんだろう。私は慎重に言葉を選んだ。

 

「いえ…そういうわけではありません。東京には東京の制約があって、そのままアメリカのものを持ってくることはできません。我が社のほうがディズニー社よりも、東京のゲストのことを一番分かっていると思います。ですが…」

「超えられない壁はありますか?」

「それはあると思います。でも、東京には東京にしかできないことがあるはずです。私は今回の研修で、その答えを見つけたいと思っています」

「そうですか…。分かりました。その答えが見つかるといいですね。では、次に岡崎さん、どうですか?」

 

岡崎君がミッキーとミニーのかわいさを熱弁して、思わず笑いがあふれた。でも、私の頭の中は、さっきの橋下専務との会話がまだ続いていた。「東京にしかできないこと」でも、あれだけの迫力のあるショーを見せつけられて、東京にしかできないことなんて見つかるのだろうか。横で岡崎君が、ミッキーのカッコよさについて、まだ熱く語っていた。

 

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©Disney

 

「清宮さん、ちょっといいですか?」

 

部屋に戻ろうとしたとき、私だけが橋下専務に呼び止められた。さっきのことだろうか。私は思わず身構えた。

 

「清宮さん、お疲れのところ、すみません。明日なのですが、午後に自由時間がありますよね?」

「はい、確かスケジュールだとそうなっていましたよね」

「実は清宮さんに、ぜひ会っていただきたい方がいるんです。明日の昼食後、私と一緒に来ていただいてもいいですか」

「あっ…はい。分かりました」

 

橋下専務はそのまま足早に客室へと歩いて行った。私と会わせたい人?ショー製作に携わるイマジニアの方だろうか?それとも、現地に出向しているウチの社員さんだろうか?アナハイムに知り合いはいないし…。橋下さんは誰を私に会わせたいんだろう。初日で疲れていたこともあって、このときの私は、あまり深く考えなかった。

 

会わせたい人

12月24日。研修の2日目はクリスマス・イブだ。私たち研修生は朝からイスに座って、ディズニー社の方からレクチャーを受けていた。今日の午前中はディズニー・ユニバーシティでの講義だ。

 

本当なら英語で講義…と言いたいところなのだが、私のような英語初心者もいるため、日本語の通訳スタッフも同行してくれた。私は一生懸命に話を聞きながら、メモを取っていた。

 

隣でキャストディベロップメント部の高田さんも、熱心にメモを取っていた。そういえば彼女は帰国子女だったなあ…。たぶん日本語の通訳なんていらないんだろう。やっぱり英語の勉強、ちゃんとしなきゃだなあ。

 

午前中は英語と日本語のシャワーを浴びたので、なんだか疲れ果ててしまった。昼食は研修生と橋下専務と一緒に。添田さんが私に話しかけてきた。

 

「清宮さんは、どうしてこの研修に参加しようと思ったんですか?」

「私ですか?私はアナハイムのパークに来たことがなかったので、自分の目で見てみたいと思ってたんです。そうしたら、ちょうど希望研修のお知らせが入ってまして…。それで」

「ああ…そうなんですか…」

 

添田さんはそう言うと、コーヒーを口に運んだ。目には「そうじゃないだろ、お前」という気持ちが見て取れたが、私は無視した。おそらく添田さんは、私が橋下専務から誘われたのを知っているんだろう。私は嘘は嫌いだけど、その場をやり過ごすためには仕方がなかった。

 

昼食を終えると、研修生はそれぞれ自分のプランでパークを見て回ることになった。私はというと、カリフォルニアンのロビーで、橋下専務と落ち合うことになっていた。

 

「いやあ…清宮さん、お待たせしてすみませんでした」

「いえいえ、私も今来たところです。ところで、『会わせたい人』って、どなたなんですか?」

 

私が訝しげに聞くと、橋下専務は「会えば分かりますよ」と短い返事をして、歩き始めた。ますます怪しい。何かサプライズでも待っているのか。いやいや、そんなことはないだろう。それに、今回は旅行ではなく、純粋に会社の研修だ。私だけ特別扱いされるのもおかしな話だ。

 

橋下専務に連れられて、ホテルのとある部屋まで案内された。ドアの前で立ち止まる橋下専務。なんだか神妙な顔をしている。

 

「ここです。ここから私は入れませんから、清宮さんだけで行ってもらいます」

「えっ?橋下さんはいらっしゃらないんですか?」

「はい。ここからは清宮さん一人で行ってもらいます」

「…分かりました」

 

橋下専務は私をじっと見つめていた。ドアをノックする私。中から「I'm coming!」という、大きな声が聞こえた。女性の声だ。誰だろう?私は必死に『会わせたい人』を想像していた。

 

「あら!Mr.Hashimotoじゃないの!それに…やっと来てくれたのね!」

 

ドアを開けた女性を見た瞬間、私は鳥肌が立った。目の前に私がいた。いや、正確に言うと、私を20歳くらい老けさせた人がいた、と表現したほうがいいかもしれない。私は女性と目が合った瞬間、固まってしまった。

 

「さあ、入ってちょうだい。Mr.Hashimotoとは、ここでお別れかしら?」

「ええ、私はここまで連れてくるのが仕事でしたから…。それでは」

「じゃあ、また後でね」

 

そう言うと、その女性は私の腕をつかんで、部屋の中に引き込んだ。私は固まったままだった。

 

「あら?久しぶりの再会なのに、なんだか浮かない表情ね…。大丈夫?」

「…あの…ど、どちら様ですか…?」

 

私は精いっぱいの声を絞り出して、その女性に話しかけた。でも、もう答えは分かっていた。

 

「あらやだ!私の名前は佐久間莉々子、your mother、あなたのお母さんよ!」

「…あの…私の母は死んだはずです…」

「ああ…敏夫からそう聞いているのね…。ムリもないわ。私はあなたを産んでから、すぐに敏夫と離婚してしまった。そうやって娘に吹き込まれるのも分かる気がするわ。でも、あなた、私が母親だって分かるでしょ?」

「いえ…分かりません…」

 

私は思わず下を向いてしまった。でも、莉々子さんは、私とうり二つだった。たぶん、並んだら誰がどう見ても「親子」だと言うだろう。下手をすると、姉妹だと言われるかもしれない。

 

「はあ…ねえ、私は嘘が嫌いなの。Mr.Hashimotoには、なんて言われてここに連れて来られたの?」

「橋下さんには『会わせたい人がいる』とだけ言われてきました」

「なるほどね…。分かったわ。じゃあ、ひとまずイスに座りましょう」

 

莉々子さんはそう言うと、私を部屋の奥まで案内してくれた。

 

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莉々子さんは私の目を見ながら、ゆっくり話し始めた。自分は今、ディズニーランドのショーディレクターを務めていること、父とは仲良く暮らしていたけど、夢を諦めずに離婚してしまったこと、父と別れてからは独身を貫いていること、そして自分の娘が東京のパークで働いていると知ったこと…。時々、英語交じりの日本語で、私にゆっくり話してくれた。

 

「それで、Mr.Hashimotoに相談したの。そうしたら『じゃあ、私が娘さんを連れてきますよ』と言ってくれたの。とても嬉しかったわ。それで私、あることを思いついたの」

「あること?」

「そう、私の娘にも、アメリカのパークで働いてもらいたい!ってね」

「えっ…?」

 

私は言葉が見つからなかった。ああ…この人は、自分のことしか考えていないんだな。父と離婚したのもそう、そして今回の「感動の再会」もそう。結局は自分中心にしか、物事が見えていない様子だった。

 

「すみません…私はアメリカのパークで働けません!」

「えっ!Why?Mr.Hashimotoは『彼女をアメリカで働かせたい』って言ってたわよ」

「そんなの聞いてません!」

 

黙って聞いてりゃ、自分の言い分ばかり。普段は怒らない「仏の清宮」で通っている私だが、ついに堪忍袋の緒が切れた。私は勢いよく立ち上がると、莉々子さんの目をにらみつけた。

 

「私には夫がいます。今、自分が与えられた仕事を、日本で、全力でやってます!そんな私の気持ちが、あなたには分からないでしょうね!もういいです。私は帰ります!あなたは母親でもMotherでも、なんでもない!」

 

私の目からは涙があふれた。まさか日本から遠く離れた、このアナハイムで、自分の母親と再会することになるとは…。でもテレビ番組のように「感動の再会」にはならなかった。私はそのまま部屋を飛び出して、自分の部屋へと走って行った。

 

部屋に戻った私は、何もする気力が起きなかった。とんだクリスマスプレゼントになった。

 

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東京にしかできないこと

「感動の再会」からというもの、私は研修に身が入らなくなった。みんなでバーバンクのウォルト・ディズニー・スタジオを見学したり、「ワールド・オブ・カラー」のオペレーションルームを見学したりしたのだが、よく覚えていない。私の頭の中は、それどころではなかった。

 

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「清宮さん、ちょっといいですか?」

 

クリスマスの夜、いつものミーティングを終えて、部屋に戻ろうとしたとき、橋下専務が私に声をかけてきた。

 

「清宮さん、リリーから話は聞きました。あれから彼女とは会ったのですか?」

 

リリーが「佐久間莉々子」を指していることは、すぐに分かった。

 

「いえ、お会いしていません。お会いする必要もありませんから」

「そうですか…。私はてっきり、清宮さんが喜んでくれると思ったのですが…」

「橋下さん、お言葉を返すようですが、莉々子さんは、父と私を捨てて、自分の夢を優先させた人なんですよ。それを単純に喜べるほど、私はバカじゃありません」

 

つい、口調が強くなってしまった。しかし、橋下専務は、驚くほど冷静な顔をしていた。

 

「私は清宮さんの心を傷つけてしまいましたね…。本当に申し訳ないことをした…」

「そんな…橋下さんは何も悪くありませんよ!」

「いや、私も悪いですよ。願わくば、リリーのもとで、清宮さんが働いてもらいたい…なんて考えていましたから」

 

そもそも、どうして橋下専務はそんなことを考えたのだろう。私には、その理由が気になった。

 

「橋下さん、もう少し莉々子さんのお話、聞かせていただけませんか?どうして、私をアナハイムまで連れてきたんですか?」

「そうですね…。せっかくですので、詳しくお話しすることにしましょう」

 

橋下専務は、そう言ってロビーのイスに腰掛けた。私も向かいのイスに腰掛けた。

 

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橋下専務は、一つ一つ言葉を選びながら話してくれた。莉々子さんと長年親交があったこと、私が新卒で入社した時には、すでに「佐久間莉々子の娘」だと知っていたこと、そして人事でショー開発部に回したのも、橋下専務の手によるものだったこと…。

 

「それじゃあ、私をアメリカで働かせたいっていうのは…」

「そうなんです。アナハイムでショーディレクターを務めるリリーの元でなら、清宮さんはもっとショーの表現力が高まる。そう思ったんです…。ですが、結局は私とリリーの独りよがりでしたね」

「でも、それならそうと、どうして言ってくれなかったんですか?」

「もしあなたに『アメリカで働きませんか?』と言ったら、たぶん断ると思ったからです。でも、アナハイムに連れてきて、リリーに会ってもらえれば、気持ちが変わるかもしれない。そう思ったんです」

 

「初日のミーティングで、清宮さんはお話していましたよね。アメリカのエンタメに圧倒されている感じだった。もしアメリカのエンタメに直に触れれば、アメリカで働いてみたいと思うかもしれない。そんな考えもありました…」

 

橋下専務はそう言うと、そのまま黙り込んでしまった。橋下専務も、莉々子さんも、私のことを考えてくれていた。でも、お互いに気持ちがすれ違ってしまった。私には日本で、東京でやるべきことがまだある。とてもアメリカで働きたいなんて思えなかった。それに、隆司の存在もあった。

 

「橋下さん、私を気遣ってくださったのは、本当にうれしいです。でも、私はまだ『東京にしかできないこと』を見つけていません。だからまだ、アメリカに来てはいけないと思うんです」

「『東京にしかできないこと』ですか…。そうですね、それも初日のミーティングで話していましたね」

 

とっさに言葉を返したが、私にもまだ答えは見つかっていなかった。「東京にしかできないこと」果たしてそれはあるのだろうか。もしかしたら、見つからないかもしれない。でも、それを探すのが私の役目だと思った。

 

私は橋下さんに「おやすみなさい」と言うと、そのままホテルの部屋へと戻った。明日はいよいよ日本に帰る日だ。あっという間の5日間が、もうすぐ終わろうとしていた。

 

ガラスの靴は、どこに落ちているの?

シンデレラは、一つの靴で人生が変わった。でも、それは王子様に見つけられて、結婚して、幸せになっただけだ。「信じれば夢は叶う」とよく言うが、シンデレラは幸せがやってくるのを待っていただけだ。

 

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このまま私が「アメリカで働きます!」と言ったら、シンデレラと同じじゃないか。自分の生き別れた母親がいて、一緒に働きたいと言っている。自分の上司も言っている。でも、果たしてそれでいいのか。私はただ単に、ガラスの靴を拾ってもらっただけじゃないのか。

 

12月26日、今日は日本に帰る日だ。決着をつけよう。集合時間まで、まだ余裕があった。私はスマートフォンで、莉々子さんに電話をかけていた。

 

この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。