舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



ディズニーが「東京ディズニーリゾート」を手に入れるとき

この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。

 

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©Disney

 

新浦安の居酒屋で

新浦安のショッパーズの中にある居酒屋。時計の針は23時を回ろうとしていた。

 

この日、俺は大学時代の友人である田中と久しぶりに飲んでいた。田中とは同じテニスサークルで知り合い、卒業後もこうして、互いに仕事の愚痴を言い合うのが恒例になっていたのだ。

 

田中は卒業後、大手経済紙の記者として第一線で活躍している。俺の方はというと、浦安でディズニーランドを運営する「オクシデンタルワールド」に勤めている。

 

「え?株が買い進められてる?」

 

それはちょうど、ウチの会社の株が年初来高値*1を更新したという話になったときだった。田中はいきなりこう切り出した。

 

「最近、アメリカの投資ファンドが、お前の会社の株を買い進めてるらしいんだ。この間、高値を更新したのも、どうもそれが原因らしいんだよ」

「ホントなのか?その話?」

「自分もまだ裏を取ってないから、確実にそうだって言える自信はないんだ。けど、ウチのデスクが山村証券のディーラーから聞いた話だから、ほぼ間違いないと思う」

 

小声で話す田中の表情から、状況が深刻だということは分かった。

 

「でも、ウチの株を買い集めて、一体なにするつもりなんだ?」

「まだ向こうのファンドが何を考えているか、正直分からないんだ。ただの投機目的なのか、それとも配当狙いなのか。もしかすると、まったく別の狙いがあるのかもな…」

「別の狙いってなんだよ」

 

「オクシデンタルを乗っ取るつもりがあるかも、ってことだよ」

「えっ…?」

 

「オクシデンタルはディズニーとライセンス契約を結んでいる。毎年オクシデンタルからディズニーにロイヤリティーが支払われてるのは、経理のお前なら知ってるだろう?」

「ああ、毎年かなりの金額になってるよ」

「でも、ディズニー社は、直営だったらもっと儲かると思っているはずなんだ。ロイヤリティーなんて、せいぜい数パーセントぐらいだから」

「つまり何が言いたいんだよ」

 

「ここからはあくまでも俺の推測なんだが、オクシデンタルの株を買い進めている投資ファンドの代表は、昔からディズニーと関係が深いんだ。長年、経営を支えてる。もし、ディズニーの意向を受けて、オクシデンタルの株を買っているとしたら…」

「ディズニーがオクシデンタルを買収しようとしてるってことか?おいおい、冗談はよしてくれよ…。もし買収されることになっちまったら、俺はクビになるってことか?」

 

話が思わぬ方向に進んで、俺もついつい動揺してしまった。

 

「まあ、あくまでも『推測』の話だから。でも、なかなか面白いネタだから、デスクにもっと調べてみろとは言われてるんだよ。また何か仕入れたら連絡するから」

「ああ…、それならいいんだけど」

 

この日はもう遅かったので、田中と別れることにした。それにしても、ディズニーがウチの会社を買収?そんなことがあるのか…?田中の話が、頭の中でグルグル回っていた。

 

それは突然のことだった

春恒例のスペシャルイベントも始まり、本社の中も少しずつ落ち着いてきた4月下旬のことだった。

 

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©Disney

 

今でも忘れない。あれは深夜2時。突然、枕元に置いていた携帯電話が鳴った。経理の水落部長からだった。

 

「すまん!こんな時間に…。今から出勤できるか?」

「えっ!今からですか?どうして急に…?何か事件でもあったんですか?」

「今、日経の速報記事が上がったよ。ディズニーがウチを買収しようとしているそうだ」

「えっ…?」

 

寝ぼけていた頭が余計混乱してしまった。日経にスクープ記事が載ったため、急きょマスコミ対応をすることになり、浦安在住の俺に電話がかかって来たのだった。

 

素早く身支度をすませて、車に乗り込む。本社へ向かう道すがら、まだこれが現実なのか、それとも夢なのか、分からなかった。夢なら醒めてほしい。そんな気持ちさえあった。

 

職場に着くと、すでに部長と加護さん、南さんも出勤していた。3人とも浦安在住だ。こんな時間に集まれるのは地元民しかいない。

 

「おお!立花、本当にすまんな。こんな時間に呼び出して」

「いえいえ、で、日経の記事はどれなんですか?」

「今朝刊が届いたよ。見てみろ、一面の大スクープだ」

 

部長が新聞を机から取り上げると、一面に見出しが躍っていた。

 

「米ディズニー、オクシデンタルワールドを買収へ」

「京成・三井不とも大筋合意」

「公開買い付けも検討か」

 

「これは…」思わず俺は言葉を失った。この間、田中と話した内容そのままじゃないか。

 

「ネットではこの話題でもう、盛り上がってるらしい。広報も速報が出た時点で召集がかかってるよ」

「部長、でも、一体どうしてこんな記事が出たんでしょうか」

「それは分からん。ただ、最近ウチの株が上がっているのは、どうも変だと上役も噂していたらしいんだよ。まさか、こんなことになるとはな…」

 

この日は朝から、テレビのニュース番組もこの話題でもちきりだった。日経だけの大スクープということで、当初は「オクシデンタルがリークしたのでは?」という情報もあったくらいだった。

 

俺は広報部の面々と一緒に、マスコミ対応や資料作成に追われた。

 

新CEOの野望

当初は「日経の飛ばし記事では?」「オクシデンタルが日経にリークしたのでは?」という情報が駆け巡った。しかし、時間が経つにつれ、裏側が明らかになっていった。

 

ディズニー社は最近、日本の子会社であるウォルト・ディズニー・ジャパンを通じて、東京のパークと色々と手を結ぼうとしていた。しかし、オクシデンタルとしては、そんなディズニー社の思いを「介入」として考える空気が強かった。長年、日本でフランチャイズのパークを運営してきた自信もあった。

 

しかし、ディズニー社からすれば、オクシデンタルは単に権利を貸してやっている存在にすぎない。いくらオクシデンタルが金を出すからとはいえ、自社のブランドを借りて営業しているにすぎない。そんな下請けのような会社が、年々発言力を増している様子が気に入らなかった。

 

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©Disney

 

そこで新しくディズニー社のCEOに就任したトーマス・ジェファーソンは、なんとかして東京のパークを直営化する方法を考えた。

 

トーマスは長年、ディズニー社でパーク部門を渡り歩いてきたことから、自分の経営手腕をなんとしてでも発揮したいという思いを持っていたのだ。もちろん、株主に対して、歴史に残る実績をアピールする絶好の機会とも考えていた。

 

オクシデンタルからディズニー社に支払われるロイヤルティーは、年間で約200億円。ディズニー社はオクシデンタルの株式を一切保有していなかったため、配当金も支払われていなかった。つまり、ディズニー社は東京ディズニーリゾートの収益のうち、たったこれだけしか得ていなかったのだ。

 

オクシデンタルの2013年度の経常利益は約1,126億円、当期純利益は705億円にも上る。もしディズニー社がオクシデンタルを手に入れたら、この分の収益はそのまま転がり込んでくる計算だ。

 

トーマスは最初、オクシデンタルとのフランチャイズ契約を打ち切る方法を模索した。しかし、法務部門から返って来た答えは「契約違反で多額の違約金が発生する」というもの。これではディズニー社が訴えられる可能性すらある。こうなれば、株式買収しか方法はない。トーマスは決断した。

 

一人の男の交渉術 

トーマスは、以前から交友関係のあったウォーレン・バフェットに頼み、新しい投資ファンドを設立してもらうことにした。「投資の神様」ともてはやされるウォーレンが新しく立ち上げたファンドなら、誰も怪しまないだろう。そう考えたのだ。

 

資金は別の投資ファンドを経由してディズニー社が出した。あくまでも「ディズニー」であることが分からないようにするためだ。

 

オクシデンタルの発行済み株式は、全部で9,000万株。そのうち、大株主の京成電鉄は約20%、三井不動産は約8%を所有している。外国人保有が約14%、個人保有が約20%であるため、過半数の株式を握るためには、京成電鉄と三井不動産の同意が鍵となる。

 

ウォーレンは日本にも親しい投資家や経営者が多くいる。ウォーレンは長年の人脈を使って、京成電鉄と三井不動産、双方のトップと会談を重ねた。もちろん、オクシデンタルには秘密裏に。

 

京成も三井も、当初は首を縦に振ろうとはしなかった。それはそうだ。オクシデンタルはもともと、京成と三井が浦安沖の開発のために作った会社。今では東証一部の上場企業に成長したが、そこまで育て上げた会社を簡単に手放すほど、京成も三井も冷淡ではなかった。

 

しかし、ウォーレンは粘り強い交渉を進める。市場価格よりも高い買い取り金額、そしてディズニー社による株式の持ち合い。何より三井が反応したのは、ディズニー社の株式の無償譲渡だった。これならグループの三井住友銀行も納得するだろう。そんな考えがあった。

 

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三井不動産の本社がある三井本館

 

京成は駅や路線設備の老朽化が深刻で、今後20年間で抜本的な更新が必要になる見通しだった。また、ほかの鉄道会社のように、今後先細る需要を見越して、駅周辺の不動産事業に手を伸ばしたいと考えていた。

 

しかし、高架化や成田スカイアクセス線の建設コストもあり、なかなか大規模な投資に踏み切れずにいた。そんなときに降って来た「オクシデンタル買収」京成はこれによって、多くの資金が手に入れられると喜んだ。

 

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京成電鉄本社

 

ウォーレンが京成と三井、そしてほかのいくつかの企業との交渉をまとめ終わった頃に、日経のスクープ記事が出た。実はこれも、ディズニー社が裏で情報を回していたのだった。

 

ディズニー社がオクシデンタルの買収にかかった費用は、現金と株式を合わせると約1兆3,500億円、約114億ドルにも上った。しかし、ディズニー社にとって、東京のパークを直営化するメリットのほうが大きかった。

 

1995年にディズニー社が全米テレビネットワークのABCを買収したときには、当時の金額で約190億ドルもの資金を投じた。それに比べれば安い買い物だった。

 

「ディズニー直営」になる日

オクシデンタルはディズニー社に株式の過半数を握られ、子会社化されることとなった。

 

社員はそのまま契約が継続されることになったが、経営陣は一新。長年、辣腕をふるってきた美影CEOをはじめ、多くの古株社員たちが経営から退けられることとなった。

 

買収後はとにかく変化が速かった。

 

チケットの値上げ、イクスピアリの「ディズニー・スプリングス」への大改装工事、オフィシャルホテルの買収、マジックバンドの導入、バケーションクラブのヴィラ建設、舞浜駅のホーム増設、駐車場の立体化などなど。オクシデンタル時代に長年課題として挙げられていたものが、数年のうちに実現していった。

 

もちろん、社員への風当たりも強くなっていった。社内の公用語はもちろん英語に。完全成果報酬制に切り替わり、結果が出せない人間はことごとく会社を追われていった。

 

それに対して、現場のキャストの待遇は良くなっていった。時給の引き上げ、福利厚生の充実、果てはキャスト専用の宿舎建設まで。これまでも泊まりや早朝出勤のキャストはいたが、環境が改善されることとなった。

 

オクシデンタルは変わった。俺は強くそう思った。

 

久しぶりの再会 

「最近どうだ?ディズニーに買収されて、お前も大変じゃないか?」

「いやあ、俺のほうは目の前の仕事をこなすだけだよ。上司がアメリカ人に変わっただけで、向こうから無理難題を吹っ掛けられることもないし。むしろ『ディズニーランドは金儲けの場所ではない』って言ってるくらいだよ」

「なるほどな…。お前にとってディズニーに買収されて良かったわけか」

 

久しぶりに会う田中は、俺の近況を聞いて、少しホッとしたように見えた。実はあとから聞いた話だが、日経にスクープ記事を載せたのは、この田中だった。田中は他社がディズニーやオクシデンタル周辺を探っているという話を聞いて、真っ先に記事を出したのだ。

 

新浦安の駅前を歩きながら、田中が口を開いた。

 

「なあ立花。ディズニーがオクシデンタルを買収して良かったと思うか?」

 

俺は少し考えて、こう返した。

 

「少なくとも、ゲストのためには良かったと思うよ」

 

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©Disney

この物語はフィクションです。実在する人物・企業・団体・地名とは一切関係ありません。

*1:株式用語の一つ。年初から現在までで最も高い株価を指す。