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舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



元日特集 ドキュメント「東京ディズニーリゾート、大規模投資決定の裏側に迫る」

東京ディズニーリゾートの分析・考察 小説

新年明けましておめでとうございます。今年も舞浜新聞では独自の視点や切り口で、読者の皆さんに楽しんでいただける記事を配信していきます。どうぞよろしくお願い致します。

 

「一年の計は元旦にあり」と昔から言われています。2015年最初の記事は元日特集ということで、昨年オリエンタルランドから発表された東京ディズニーリゾートの大規模投資計画について、その裏側を考えてみることにします。

 

<記事を読む前に>

この記事はフィクションです。実在する企業・団体・人物とは一切関係ありません。

 

世界初の屋内型ディズニー施設構想 

話は2007年までさかのぼる。この年の5月、オリエンタルランドは2011年までの中期経営計画「Innovate OLC 2010」を発表した。この中に盛り込まれたのが、2011年3月までに首都圏以外の大都市中心部において、ディズニー社と屋内型エンターテイメント施設を共同開発するというものであった。

 

そもそも、どうしてこんな話が出てきたのか。

 

東京ディズニーランドが開園したのは1983年。2008年には開園から25周年を迎えることになっていた。2008年のオープンを目指して、舞浜では東京ディズニーランドホテルやシルク・ドゥ・ソレイユの専用劇場の建設が進められていた。

 

合わせて行われたのが、ワールドバザールの大規模改修工事。これは耐震化工事の意味合いもあったが、従来から課題であったショップの売り場面積拡大が一番の目的だった。

 

ディズニー社へ支払うロイヤリティーは、チケットよりも物販のほうが低く抑えられている。物販の強化はすなわち、オリエンタルランドの利益拡大にもつながるからだ。

 

オリエンタルランドにとって、勝負の年でもあった2008年。しかし、問題はその後だった。ランド開園30周年は2013年。その頃になると、開園当時からあるアトラクションは、いくら細かな修繕を重ねていても老朽化が激しくなってくる。2013年を目標にして、パークの大規模再開発が必要だ。ディズニー社の幹部とオリエンタルランドの上層部は、そんな危機感を共有していた。

 

しかし、問題はその資金をどう用意するかだった。

 

ディズニー社は一切金を出さない。それは東京ディズニーリゾートが、オリエンタルランドによるフランチャイズ経営だからだ。オリエンタルランドはディズニーから権利を借りて、パークを運営しているにすぎない。

 

バブル景気の頃のように、オフィシャルスポンサーにはパークへの大規模投資は期待できない。かといって、銀行からの借り入れは財務状況を悪化させる。利益を増やし、経費を削り、徹底的にキャッシュフローを増やすしかない。長年経理畑を歩んできたCEOの加賀見の頭には、そんな思いが浮かんでいた。

 

そこで出てきたのが、世界初の屋内型ディズニー施設というアイディアだ。オリエンタルランドにとっては地方から舞浜への集客につながるし、舞浜に依存しない新しい収益源を手に入れることができる。なにより、少ない資金で多くの利益を生み出せるのが魅力的に映った。

 

ディズニー社にとっても、オリエンタルランドの資金で世界初の試みができる。イマジニアたちにとっても、新しい実験場ができる。ディズニー社、オリエンタルランド双方にとって、かなり魅力的だった。

 

リーマンショックがすべてを変えた

しかし、状況は一変する。リーマンショックだ。2008年9月に、アメリカの投資銀行「リーマン・ブラザーズ」の破綻をきっかけにした世界金融危機の波は、日本にも押し寄せてきた。ただでさえデフレに苦しんできた日本経済にとって、リーマンショックは想定外の冷や水だった。

 

不況になると、真っ先に絞られるのはレジャー支出。加賀見はそれを実感していた。もし、このまま屋内型施設をオープンさせて「採算が取れず閉鎖」ともなれば、オリエンタルランド・ディズニー社双方にとって、かなりの痛手となる。

 

オリエンタルランドがディズニーブランドを背負ってやってきた事業の中で、採算が取れず失敗したものはない。しかし、それは裏を返せば、失敗が許されないということも意味していた。

 

「屋内型施設はやめよう」

 

これが加賀見の決断だった。2008年10月、オリエンタルランドは屋内型ディズニー施設の開発を断念することを発表した。ディズニーにとっても、そしてギリギリまで交渉を続けてきた福岡地所にとっても、この開発断念はかなり辛かった。

 

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屋内型ディズニー施設の断念によって、オリエンタルランドは徹底的なコストカットでキャッシュフローを増やす戦略へと、一気に舵を切っていくことになる。

 

東京ディズニーランドの大規模再開発計画 

世界初の屋内型施設はディズニー社にとって残念な結果に終わったが、東京ディズニーランドの大規模再開発計画は水面下で進められていた。

 

ディズニー社から最初に提示されたのは、トゥモローランドの再開発プランだった。

 

当時ディズニー社はマーベルやルーカスフィルムの買収へ動いていた。これまでディズニーが得意としてきたのは、主に女の子がいる家族連れ。いわゆる「プリンセスもの」に依存していた。

 

しかし、女の子だけではなく男の子、特に若い男性をターゲットにしていかなければいけない。そういった思いが、男性向けに強い力を持つ、マーベルやルーカスフィルムに狙いを定めた理由だった。

 

東京ディズニーランドの再開発は、ディズニー社にとって金銭負担がほとんどない。オリエンタルランドの資金を使って、世界のディズニーパークに先駆けて、東京のトゥモローランドにマーベルやスターウォーズの要素を導入する。ディズニーファンの裾野が広い日本なら、確実にヒットするだろう。ディズニー社の幹部には、そんな思惑があった。

 

オリエンタルランドにとっても、トゥモローランドの再開発は急務だった。開園から25年以上が経ち、すでに「近未来」というテーマに合わないアトラクションが増えていたからだ。しかし、一つ大きな問題が浮上した。それは土地だった。

 

東京ディズニーランドが立つのは東京湾の埋め立て地。地盤沈下が激しくなってきており、トゥモローランドや周辺の駐車場の地盤改良が必要になっていたのだ。トゥモローランドに手をつけるとなると、駐車場の大規模な改良工事、そしてパークの一部も閉鎖する必要が出てくる。そうなれば、今積み上げているキャッシュフローでは十分とは言えなかった。

 

また、トゥモローランドの再開発で強く押し出されていたスターウォーズにも、加賀見は引っかかっていた。スターウォーズの要素を入れるとなると、外国人パフォーマーといったライブキャラクターがたくさん必要になる。単なる箱モノだけではなく、ソフトも必要となる。そうなれば人件費などのコストが増え、今後の開発に影響が出るのではないか。そんな思いもあった。

 

オリエンタルランドが反応したのは、ファンタジーランドの再開発プランだった。

 

マジックキングダムの再開発がきっかけに

2007年5月、ユニバーサルオーランドは、アイランズ・オブ・アドベンチャーに、ハリーポッターをテーマにした新しいエリアの建設を発表した。もともとはディズニーもハリーポッターの導入を目指していたものの、交渉が決裂。結果的にライバルのユニバーサルに取られてしまったのだった。

 

これに危機感を持ったディズニー社。北米でも人気コンテンツであるハリーポッターのエリアがユニバーサルにできれば、間違いなく近隣のディズニーワールドの客を奪われることになる。そこで考え出されたのが、ディズニーワールドの最大の稼ぎ頭「マジックキングダム」のファンタジーランド大規模再開発だった。

 

マジックキングダムのファンタジーランドには、近年の作品の登場人物たち、特に「ディズニー・ルネサンス」と呼ばれる、マイケル・アイズナー時代に制作された『リトル・マーメイド』や『美女と野獣』の要素がほとんどなかった。また、男の子にも訴求できるコースターも不足していた。ここが再開発の大きな目玉に位置付けられた。

 

オリエンタルランドはディズニー社から、マジックキングダムのファンタジーランド再開発の情報をもらっていた。

 

「これなら大規模な土地改良も必要ない」

「もし土地改良工事を行うときでも、その分の客足を穴埋めできる」

「家族連れだけではなく、若い女性客にも訴えられる」

 

オリエンタルランドの社員たちは色めき立った。もちろん、加賀見も同じ意見だった。

 

「東京にはファンタジーランドの再開発が必要」

 

これがオリエンタルランドの総意だった。

 

しかし、ディズニー社にとって、ファンタジーランドの再開発はマジックキングダムのテコ入れの目玉。打倒ハリーポッターのために必要なものであって、やすやすと東京へ輸出できるものではなかった。あくまでもディズニー社はトゥモローランドの再開発にこだわった。

 

ディズニー社もついに容認

2009年9月、ディズニー社はマジックキングダムのファンタジーランド再開発を発表。いよいよ計画が動き始めた。この頃になると、ディズニー社もオリエンタルランドからの要求に折れ、トゥモローランドの再開発を断念して、ファンタジーランドの再開発へと舵を切っていた。

 

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©Disney

 

2010年3月、マジックキングダムでは再開発工事が始まった。オリエンタルランドでは、いつファンタジーランドの再開発を決断するか、それだけが問題になっていた。

 

東京ディズニーランド30周年は2013年。アニバーサリーイベントの落ち込みをカバーするためにも、新ファンタジーランドは2014年にオープンを目指したい。加賀見はそう考えていた。そこから逆算すると、2010年度の決算発表のタイミング、2011年5月の発表か。広報部も動き始めていた。そんな矢先だった。

 

2011年3月11日、東日本大震災発生

東京ディズニーリゾートの建物自体は被害を受けることはなく、幸いにも人的な被害もなかった。平面駐車場など、地盤改良工事を行っていなかった場所については、やはり液状化が起きてしまった。

 

福島第一原発の事故や相次ぐ余震の影響もあり、外国人ダンサーやパフォーマーは相次いで本国へ帰国。電力不足による計画停電、JRや私鉄の運休、そして日本全体を覆った「自粛ムード」などもあり、到底営業を再開できる見通しは立たなかった。

 

しかし、ケガの功名もあった。パークの臨時休園中、敷地内の地盤改良工事を行うことができたのだ。これは図らずも、オリエンタルランドにとって利益をもたらすことになった。

 

それでも震災が東京ディズニーリゾートに与えた影響は大きかった。東京ディズニーシーの10周年イベントは9月からに延期。2011年度の決算は悲惨なものになってしまった。

 

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©Disney

 

今までは右肩上がりで殿様商売だったオリエンタルランドにとっても、震災は「一寸先は闇」という現実を突きつけられた形になった。加賀見が現場のコストカットをより叫ぶようになったのも、この頃からであった。

 

ファンタジーランドの再開発は、一度計画が凍結されることになった。次のターゲットはランド開園35周年を迎える2018年。それまでにキャッシュフローを積み上げ、もしものリスクに備えるだけではなく、一気に再開発に着手する。これがオリエンタルランドが描いた青写真だった。しかし、またしても状況が一変する。

 

USJ、ハリーポッターエリアの導入決定

2012年5月、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンは「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」の導入計画を発表した。

 

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©Universal

 

これはオリエンタルランドにとって、まさに寝耳に水であった。まさかUSJがハリーポッターの獲得に動いていたとは…。加賀見も絶句した。小さい投資でなんとか変化を出して、乗り切るしかない。オリエンタルランドには震災に続いて、またしても不穏な空気が流れていた。

 

2013年4月、東京ディズニーランドは開園30周年を迎えた。しかし、キャッシュフローの積み上げ、そして株主への配当強化から、現場は徹底的なコストカットを求められるようになっていた。インターネットではマニアの不満が爆発していた。それはSNSの活用を目指していた、オリエンタルランドの広報部の目にも止まっていた。しかし、それはどうしようもないことであった。

 

東京ディズニーリゾートの場合、アニバーサリーイベントは地方客を掘り起こす絶好の機会となる。今回は大規模投資で需要を喚起した2008年からちょうど5年。「また行きたい」と思っているゲストも多いだろう。オリエンタルランドの営業部隊は全国各地で攻勢をかけていった。

 

2014年4月、オリエンタルランドは30周年イベントを無事に乗り切った。ふたを開けてみれば、過去最高の入園者数、そして過去最高の決算だった。これには加賀見も大満足だった。ウチはやっぱり強い。そしてコストカットしても大丈夫だ。そんな思いすらあった。

 

USJへの対抗措置として、まずは「今後10年間で5,000億円レベルの投資を行う」という、大規模な投資計画を発表することにした。またランドの再開発、シーのエリア開発も合わせて発表された。しかし、これはあくまでも小出し。この時点でファンタジーランドの再開発はほぼ決定済みであった。

 

2014年7月、大阪USJに「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」が開業した。エリアを訪れたオリエンタルランドの社員たちは、一様にその再現度や忠実さに目を丸くした。

 

「まさかオーランドのものを、そのまま持ってくるとは…」

「これに舞浜は勝てるのか?」

 

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「いよいよ情報を出すときが来たか」加賀見もうすうす、そう感じていた。手をこまねいていると、話題を大阪に持っていかれてしまう。タイミングとすれば、第2四半期決算の発表を行う10月か。すでに時は迫っていた。

 

2014年10月、その日は午後4時からオリエンタルランドから発表があるということで、メディアも緊張感に包まれていた。そして、やっと「ファンタジーランドの再開発」が日の目を見ることとなったのである。

 

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©Disney

 

この記事はフィクションです。実在する企業・団体・人物とは一切関係ありません。