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舞浜新聞

東京ディズニーリゾートなどのディズニーパークをはじめとして、ディズニーに関する様々な情報をお伝えします。



東京ディズニーリゾートが「ディズニー直営」ではない理由

東京ディズニーリゾートの分析・考察

世界各国にあるディズニーパーク、ディズニーリゾートのうち、ディズニー直営でないのは「東京ディズニーリゾート」だけです。

 

東京以外のカリフォルニア、フロリダ、パリ、香港、ハワイ・アウラニ、そして2015年開業予定の上海を含めて、すべて直営か、ディズニーの資本が入った会社によって運営されています。

 

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2015年開業予定の上海ディズニーランド。ここも運営はディズニーと現地法人が共同で行う。©Disney

 

東京ディズニーリゾートを運営しているのは株式会社オリエンタルランド。東証一部にも上場している一流企業です。しかし、このオリエンタルランドはディズニーと業務提携*1を結んでいますが、資本提携やディズニーからの出資は一切ありません。あくまでもディズニーとの契約に基づく「フランチャイズ」なのです。

 

東京へのディズニーランド誘致活動が本格化した当時、ディズニーは米フロリダ・オーランドにある「エプコット」の計画に集中していました。エプコットはいわば亡くなったウォルト・ディズニーの置き土産のようなもの。このプロジェクトに失敗は許されません。

 

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実験未来都市としてイメージを膨らませていたウォルト。ただ、現在のエプコットは当時彼が考えていたものとは違っている。©Disney

 

一方でディズニーランドはアメリカ人のために造られたテーマパークであり、当時のディズニーとしては海外展開に消極的でした。また、1961年に開業した奈良ドリームランドがディズニーランドを稚拙に模倣した遊園地であったことも、ディズニーの日本に対するイメージを悪化させることとなりました*2

 

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中国のパクリディズニーランドが話題になったが、かつての日本でも著作権に対する意識は低かった。奈良ドリームランドは2006年8月に閉園している。

 

最終的にディズニーは東京へのディズニーランド建設を承諾するのですが、もし失敗して多額の損出が出れば大変なことになります。そこでオリエンタルランドとフランチャイズ契約を結び、売り上げに対してディズニーがロイヤリティーを受け取る形をとりました。

 

こうすれば、もしパークの経営が傾いても、ディズニーが損出を受けることはありませんからね。ここに世界で初めて、フランチャイズ契約によるディズニーパークが誕生したのです。

 

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基本合意を結ぶE・カードン・ウォーカー氏と高橋政知氏。このときはあくまでも業務提携に関する基本合意だった。©Disney

 

「海外でディズニーランドは受け入れられるのだろうか?」というディズニーの不安は見事に打ち消されました。日本人のディズニー好き、そして日本人ならではのきめ細かいサービス、ホスピタリティーの高さで東京ディズニーランドは初年度990万を超える人が訪れました。

 

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開園当日はあいにくの雨。そのためセレモニーはワールドバザールの中で行われた。©Disney

 

日本人のおみやげ文化もディズニーを驚かせました。ディズニーはチケット料金と比べて、グッズなどの物販に対するロイヤリティーを低く設定していたのです。これが裏目に出ました。

 

日本人は昔から、旅の思い出を持ち帰って周りの人間に伝えるという文化を持っています。東京ディズニーランドでも、家族そろってお菓子やぬいぐるみ、バッチをたくさん買い求める人が続出しました*3

 

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開園当時売られていたポストカード。ミッキーの顔がちょっと違うのが、時代の流れを感じさせる。©Disney

 

結果は皆さん、ご存じの通り。アメリカ国外で初めて造られた東京ディズニーランドは大成功。開園10周年の記念式典では、当時ディズニーのCEOを務めていたマイケル・アイズナー氏が、フランチャイズ契約にしたことを「史上最大の失敗」と冗談めかして語っています。それだけディズニーにとって、東京は悔しい思いをさせられたパークであると言えるでしょう。

 

東京の大成功を受けて、ディズニーはパークの海外展開に力を入れます。ただ、その後のパリ、香港はあまり成功しているとは言えません。いかに東京が特殊な例だったかが分かると思います。

 

しかし、私は東京が成功したのはオリエンタルランドによるフランチャイズだったからではないか、と思っています。

 

セブンイレブンは元々、アメリカのコンビニエンスストアでした。1973年にイトーヨーカ堂がライセンス契約を受けて、店舗展開を始めると大成功。1991年に米国法人が経営破綻したため、イトーヨーカ堂が逆に買収することとなりました。

 

日本人は昔から、海外の文化の良いところだけを取り入れて、自分たちの文化にするという力を持っています。それだけ工夫する力があるということでしょう。それはディズニーパークも同じではないかと思うのです。

 

オリエンタルランドにとって、ディズニーとの契約は決して有利なものではありませんでした。50年*4と期間も長く、ロイヤリティーも厳しい条件でした。何とかしてこのプロジェクトを成功させないといけない。だからこそ日本人に合ったサービス、日本人に合ったパークを目指すことができたのではないか。そして大成功を収めたのではないか。私はそう思うのです。

 

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ミッキーマウスとともに写る高橋政知氏。彼がいなければ日本にディズニーランドは存在しなかったと言っても過言ではない。©Disney

 

海外のパークと比較して、東京は「ストーリーが崩壊している」「ウォルト・ディズニーの築き上げた世界観と矛盾している」なんて言われることがあります。それは仕方がないことだと思います。だって直営ではないのですから。あくまでも経営・運営は日本人。日本人に合ったディズニーパークを突き詰めていった結果が「東京ディズニーリゾート」だと思うのです。

 

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建設が進む東京ディズニーシー。ディズニー側は当初、映画スタジオのパークを計画していたが、オリエンタルランドとの交渉の末、世界で唯一の海をテーマにしたディズニーパークとなった。©Disney

 

小説『ミッキーマウスの憂鬱』の中では、ディズニーランドを運営するオリエンタルワールドが、ディズニーとの契約破棄を恐れるという描写があります。

 

ミッキーマウスの憂鬱 (新潮文庫)

ミッキーマウスの憂鬱 (新潮文庫)

 

 

あくまでも空想ですが、現実問題としてよほどのことがない限り、ディズニーがオリエンタルランドとの契約を破棄することはないでしょう。1983年の開園から30年。オリエンタルランドはディズニーにとって良きパートナーであり、良き金づるです。おっと、表現が悪かったですね。

 

しかし、今後も東京だけはフランチャイズ契約が続くでしょう。さて、東京の黄金時代はいつまで続くのか。終わりは来るのか。ちょっと不安ではありますが、見守っていくことにしましょう。

*1:ディズニーパークの運営を行っている「ウォルト・ディズニー・パークス・アンド・リゾーツ」ではなく、ライセンスを管理している「ディズニー・エンタプライゼズ・インク」と業務提携を結んでいます。

*2:ちなみに、奈良ドリームランドは建設にあたってディズニーからの協力を受けています。ただ、これはあくまでも独自の遊園地建設への協力だったそうです。

*3:『ディズニーランドの経済学』には1983年当時の人気商品が掲載されています。それによると第1位は「ポストカード」ステッカーやバッジ、ペナントが並んでいるあたりが時代を感じさせます。

*4:ディズニーからは50年と提示されましたが、最終的には45年で契約はまとまりました。